第11話 占者
「セオディア・メレ・エトゥール!!!」
カイルが青ざめて、執務室に飛び込んできた。
ノックを忘れるとは、よほど慌てているらしい。彼が手にしているのは、カイルが過去に作成した地図の一部だ。シルビアとサイラスもその背後にいて、執務室に入ってくる。
人口密度があがったので、セオディアは部屋にいた専属護衛と侍女を手をふって下がらせる。
メレ・アイフェス達が
専属護衛達が去ってから、カイルは話を切り出した。地図をセオディアの執務机の上に広げる。
「ここは、どんな場所?」
国境を越えた西の場所に朱のインクで×印がかかれている。
「西の民の領域だな」
「やっぱり、そうだよね」
カイルは親指を噛んだ。
「どうしたんだ?」
「イーレが飛ばされた。西に500キロほど」
言葉の意味がわからずに、セオディアは目を
「イーレ嬢が?」
「西の民の領域に飛ばされた」
「よくわからない。イーレ嬢はなぜ西の民の領域にいくんだ?」
「こっちだってわからないよ。多分、番人のせいだ」
シルビアは補足の言葉を告げた。
「本来だったら、精霊樹のそばか、前回と同じ、離宮の中の予定だったのです。その着地点が西にずれました。恐らく『精霊』の干渉です」
「だが、西の民の領域を侵すのは、エトゥールの利益に反するぞ?やっと、和議の一歩手前まできたのに、戦乱の元になることを世界の番人がするとは思えぬが?」
「確かにそうですね」
「『必要なときに、必要な場所に飛ばす』と、
「カイル殿、世界の番人をアレ扱いするのは、いかがなものか……」
「
がぶり。
カイルのウールヴェが、彼の左手を噛むことで、暴言を止めた。
「……番人に筒抜けのようだぞ」
「――っ!」
――番人 筒抜ケ 言葉 気ヲツケル
「……」
「……」
「『天の声』はどうした?もう一人男性のメレ・アイフェスがいただろう?ファーレンシアが会話したという――」
「今、不在なんだ。伝言がきた」
「どんな?」
「『
「……なかなか手厳しい
サイラスとシルビアがこくこくと頷いて同意するところを見ると、セオディアの感想もそれほど間違っていないらしい。
――精霊の気まぐれで東西南北500キロほど飛ばされる前例がありますので
メレ・エトゥールは、晩餐会前のサイラスの家での会話を思い出していた。
「サイラス殿は南に飛ばされたのだな?」
「そう」
結果的に、それは南の魔獣討伐に繋がった。
なぜ、メレ・アイフェスの女性リーダーは西の地に飛ばされたのだろうか。
「つまり、西にいるイーレ嬢に連絡の手段がないのだな?」
カイルは頷いた。
「だが、我々が動けば、誤解を産むぞ?」
「それもあるんだ」
「一つ気になるのですが」
シルビアが言葉をはさむ。
「西の民は戦闘民族で、かなり男尊女卑の傾向があるのではありませんか?」
「その通りだ。よく、わかったな」
「イーレが一番嫌う差別です」
「……まずいな」
「……まずいよ」
カイルは蒼白になり、頭をかかえた。
「ハーレイとイーレが出会って、もし対立したら……」
「対立したら?」
「二大怪獣大決戦が始まってしまう」
「?」
言葉の意味がわからずに、メレ・エトゥールは、サイラスとシルビアを見た。
う〜ん、とサイラスは考え、言葉を探した。
「例えるなら……」
「例えるなら?」
「平穏なエトゥールの街のど真ん中に、規格外の巨大な野生のウールヴェが二匹出現して、縄張り争いをするみたいな事態?」
「――」
それは確かに災厄以外のなにものでもなかった。
******
別に前触れを出したわけでもないが、ナーヤは若長を迎える準備を終えていた。
「坊、よく来たなあ」
「……坊はやめてくれ。俺も三十路をすぎた」
「若長ハーレイと呼ばれるのとどちらがいいか?」
「……坊でいい」
70歳以上と思われるナーヤ婆に勝てる者など村にはいない。彼女は恐ろしい記憶力をもっており、村人達の子供の頃の悪事を全部覚えている。大人になってから、それをつらつらと暴露されるのはいたたまれないというものだ。
ナーヤ婆は、ひゃっひゃっと笑う。
ハーレイはナーヤの前に腰を下ろした。
「そろそろくると思っていたよ。見てもらいたいのは異国の嫁か?」
「違うっ!」
否定して、慌てて言い繕う。
「いや、確かに、見てもらいたいのは異国の子供だ。だが、嫁でも隠し子でもない」
ナーヤはハーレイに、いれたクコ茶をすすめた。
「しかし、ナーヤ婆のところまで噂が届いているとは、あいつらめ……」
「お前に隠し子がいるとしたら、あたしゃ、引退するね」
「うん?」
「何度、村の女共にお前のことを相談されたと思ってんだい」
ハーレイは飲んでいたお茶をふいた。
「俺のことを
「
「……ウールヴェの肉を持ってきたが……」
「もらおう。3回くらい見てやるよ」
ハーレイは笑って、持ってきた肉のはいった包みをナーヤ婆に差し出した。ウールヴェ肉の報酬を断れる者は、なかなかいない。ナーヤも例外ではないのだ。
「で、見てもらいたいのは異国の子供だったな?」
「そうだ。正体はなんだ?」
「
「俺がエトゥールで知り合った者と一緒か?」
「同じ」
「なぜこの地にきた?」
「世界の番人の意思」
イーレの言っていた言葉と同じ返答にハーレイは唖然としたが、質問をとめるわけにはいかない。
「なんのため?」
「風を起こすため」
「風?」
「浄化の風、変化の風、隠されたものを暴く風」
「もっと具体的に」
「まだ、見えぬよ」
「なぜ、彼女は子供の姿をしている?」
「
「彼女の真の年齢は?」
「……」
ナーヤ婆の占いをしていた手がとまる。
「お前の首元に鎌があるから、聞かぬ方がよい」
「……」
ハーレイは思わず首をさすった。それはハーレイが見た光景と一致していた。
「
「彼女をどうしたらいい?エトゥールにつれていけばいいのか?」
「村におけばいい。かの地より迎えがくる」
「ウールヴェで連絡をとるべきか?」
「いや、もう向こうから連絡がくる。ありえぬ事態に向こうも焦っておるの。どうやら、
ナーヤの占いの手が止まる。
「だが、気をつけろ。彼女の道は二つに分かれている。お前は深くそれにかかわるだろう」
「なんだって?」
ハーレイは突然の警告に唖然とした。
「どういう意味だ? どう二つに分かれているんだ?」
「それは彼女の運命。お前のものではない」
ナーヤ婆は意外な言葉を告げた。
「続きを
それからハーレイがどんなに問いかけても、ナーヤは沈黙を守り答えなかった。
――村の
翌日に、ハーレイがその件を伝えると、イーレは戸惑いを見せた。
「
「野生のウールヴェを倒しておきながら、やらかしていないと思うとは、びっくりだ」
「だって、あれは成り行きじゃない」
「村の男達が、嫁に欲しがっている」
「
「そういう反応がくるとは思わなかった」
「冗談はさておき――村は
「
「……
ハーレイは考え込み、
「長の次に権力があると思っていい。迷ったときなどの村の相談役だ。道を示す。彼女の言葉はよく当たる。イーレは精霊によって飛ばされたとも言っていた」
「私の言葉は証明されたわけね」
イーレは得意げに胸をはる。このたまにでる子供っぽいところが、彼女の年齢不詳に拍車をかけるのだ、とハーレイは思った。
「メレ・アイフェスの
「――」
イーレは軽く口をあけた。
「ちょ、ちょっと待って。
「そうだが?」
いやいやいや。どうして、地上の西の民の
偶然?はったり?それとも――
「……私も質問が許されるの?」
「通訳はする」
イーレはハーレイをじっと見つめる。
「他言無用を誓える?」
「個人の秘密は守る」
「個人ではなくても」
「西の民に不利なことは困る」
「エトゥールや私達に不利なことは、こちらも困るんだけど――」
イーレはつぶやいた。
「……貴方をまきこむのも手か……」
ハーレイは背筋がぞくりとした。本能が警告する。これはヤバい雰囲気だ。魔獣の四つ目が五十匹いるより、危険な匂いがする。
「待ってくれ、イーレ。やはり、
「もう、手遅れ」
イーレは、にやりと笑った。
「さあ、
ハーレイは戦略を誤ったことに気づいたが、すべては遅かった。
ナーヤ婆のところを訪れると、
「ナーヤ婆。例のメレ・アイフェスを連れてきた」
「来たな」
ハーレイを見たナーヤは大笑いをした。
「巻き込まれたな。もう逃げる事はかなわぬ」
「待て、ナーヤ婆、それはどういう意味だ⁈」
「通訳はいらぬよ」
「エトゥール語だぞ?」
「おまえさん、あたしの言葉はわかるだろう?」
「え、ええ、理解できるわ」
イーレは先程から戸惑いを隠せない。言葉がわかる。だが老女がしゃべっているのはエトゥール語ではない。
「お婆様、貴方もメレ・エトゥールのように『精霊の加護』をお持ちってことかしら?」
「持っておるよ。
「通訳がいらないなら、俺は席をはずそう」
不吉な予感から、この場を去ろうとすると、イーレはがっしりとハーレイの腕をつかんだ。
「逃がさないわよ」
完全に獲物を捕らえた狩人の顔だ。ハーレイはぞっとした。
「あきらめろ、若長。逃げるには手遅れだ。まあ、二人とも座れ」
二人はとりあえず老女の前に腰をおろした。
落ち着かない二人に、ナーヤはいつものようにクコ茶をだす。
「聞きたいことがあるのだろう」
「山ほど」
イーレはにっこりと応じた。
「よかろう」
だが、イーレが余裕のある態度がとれたのは、そこまでだった。
老女の声ががらりと変わった。
「まずはメレ・アイフェスのご帰還をお祝いもうしあげる」
ナーヤは子供に対して最上級の
「えっと……」
イーレはハーレイを見たが、ハーレイは首をふる。ハーレイも戸惑っていた。こんな口調のナーヤ婆は見たことがない。そもそも目の前にいるのは、ナーヤ婆なのだろうか?
「とりあえず顔をあげていただけます?」
イーレは正体がわからない相手に丁寧に接した。
「貴方様は戻ってくると約束されていた。西の民を導く者として」
「……」
私を誰と勘違いしているのだろうか。
イーレは困惑したが、情報を引き出す必要がある。今、この喋っているのは特別な存在かもしれない。
「貴方は精霊?」
「違う」
「メレ・アイフェスがこの地に戻ってくると約束されていたの?」
「いかにも」
「誰に?」
「
――
「それは初代エトゥール王のメレ・アイフェス達?」
老女ではない何かは頷く。
「つまりこの時代に、メレ・アイフェスは戻ると予言されていたという理解であってる?」
再び相手は頷いた。
カイルとシルビアは
「メレ・アイフェス。貴方様は、この地で失われたものを取り戻すが、それは貴方様の望まれた形ではない」
「――」
唐突な言葉にイーレは唖然とした。
「ハーレイ、これはいったい……」
「静かに!いつものナーヤ婆とは違うが、占いは始まっている。ききたいことを今のうちにきくんだ」
イーレは気を取り直した。
「――『精霊』についてききたいわ。彼に誓約をほどこしたのは誰?」
「初代エトゥール王と彼をささえる者」
「大災厄とは何?」
「この地の滅亡」
なんの話だ、とハーレイは目を見はった。
「エトゥールだけの話ではないの?」
「違う」
「それは回避できるの?」
沈黙が流れる。
「犠牲を小さくすることはできる。導く力があれば――だ」
「犠牲は出るのね?」
「でる」
「導く力がないと?」
「全て滅びる」
「なぜ、精霊はそれを黙っているの?」
「誓約でもある。例えば、明日滅びるとして、誰が耳を傾けるか?誰が知りたいと思うか?知れば絶望に満ち、それは別の滅びを生み出す。初代エトゥール王はそれを恐れた」
「初代エトゥール王は大災厄の内容を知っていたの?」
「知っていた」
「500年前に?」
「そうだ」
「でも私達は大災厄が何かわからないの」
「
「でも、彼はこの
「それこそ、まさに必要なこと。正しき道を歩んでいる」
「彼は戻ってこれるかしら?」
「戻ってくる」
イーレはほっとした。ディム・トゥーラは中央で拘束されることはないようだ。
「貴方様のように戻ってくる、アストライアー」
イーレは茶器を取り落とした。床にぶつかり、陶器が割れる音が響く。
「……ちょっと待って、何の話……?」
――私のように戻ってくるって何?しかも今なんて言った?
イーレは混乱した。何を。何を聞けばいいのだろう。
「貴方様がこの地にきたことも、必要なこと。まさにこの言葉を得ることが、第一の目的」
「……」
「この者は、精霊の代弁者。誓約を逃れて伝える術を持つ者」
「……ナーヤのお婆様は精霊の代弁者なの?」
「いかにも。貴方様に伝えるべき言葉はまだある」
男の声は続く。
「貴方様の運命は二つに分かれている」
「――」
「その分岐はそのまま大災厄の別れ道でもある」
「……待って……」
「望むものは手にはいる。苦痛と絶望とともに」
「……待って、それは……」
「貴方様は忘れてはならない。希望もそばにあることを、忘れてはならない」
「……待って、貴方は誰なの?なぜそんなことを言うの?貴方は何を知っているの?私の何を知っているの?」
「――」
「ねぇ、教えてちょうだい!!」
返答はなかった。
「行ってしまったよ」
ナーヤ婆はぼそりという。元の老女の声に戻っていた。
「……終わったのか?だがナーヤ婆、今のはいったいなんだったんだ?」
ハーレイは険しい顔をした。まったく今までなかったことだったからだ。
「あたしゃ、知らんよ。メレ・アイフェスと言葉を交わすことを強く望んだ
ナーヤは
「今日は店じまいじゃ、帰った帰った」
「簡単に帰れない。とんでもないことを言ってたぞ?」
「質問をしたのは、あたしじゃないさ」
もっともな指摘で、ハーレイは横にいるイーレを見た。
「イーレ、大災厄とはなんだ?滅亡とはどういう意味だ」
「……」
「……イーレ?」
「……」
イーレは、蒼白になって、がたがたと震えていた。
「……ハーレイ、……アストライアーって?」
「あ?ああ、古代に西の民を導いた賢人の名だ。ウールヴェを退治したライアーの塚があっただろう?あれが古墳で――」
ハーレイはギョッとした。イーレの左手が血まみれだったからだ。
「イーレ!」
ハーレイは慌ててイーレの左手首を握った。彼女の手のひらから握りしめていた茶器の破片が落ちる。
ナーヤ婆が布を投げてよこし、ハーレイは素早くそれを裂き止血した。
「何てことを!
「……」
「イーレ?」
「……私、帰るわ……シルビアに会わなくては」
「イーレ?」
様子がおかしい。ハーレイはナーヤを見た。
「ショックを受けている。連れ帰れ」
ナーヤは
「目を離しちゃいかん」
だが、その時、外で騒ぎが起こった。
しかもナーヤの家の前だ。
ハーレイはキレた。
「この忙しいのに、何の騒ぎだっ!!」
騒ぎをおさめるために、ナーヤの家から飛び出したハーレイは絶句した。
ナーヤの家の前には、純白の狼に似た
「……いったい……」
精霊獣を遠巻きに囲み、村人達が集まっているのが騒ぎの原因だった。精霊獣が村の要人であるナーヤの家の前に現れたのだ。なにごとか、と皆が動揺するのも無理はなかった。
精霊獣は狼に似ているが、狼にしては体高がはるかに越えていた。尻尾がいくつかにわかれている。美しい純白の体毛に金色の瞳がただの獣でないことを物語っていた。しかも不思議な光をおびている。間違いなく精霊の
『ハーレイ』
それは聞いたことがある声だった。エトゥールで出会ったメレ・アイフェスをハーレイは思い出した。
「……カイルか⁉︎」
『イーレの悲鳴が聞こえた。彼女はどこ?』
「イーレは……」
『イーレはどこ?』
彼女を害したのがハーレイだとしたら、即、噛み殺されるような迫力があった。
「……こっちだ」
聞きたいことは山ほどあったが、ハーレイは占者の家に精霊獣を招きいれた。
家に入ってきた獣に、ナーヤは動じることなく言った。
「おや、もう連絡がきたか」
「ナーヤ婆、なんでそんなに冷静なんだっ!」
「ん? あたしゃ、もうまもなく連絡がくると昨日言わなんだか?」
「――これのこととは、思わないぞっ⁉︎」
「エトゥールのメレ・アイフェスだろ?よく、きたな」
獣は軽く首をかしげるようにナーヤに挨拶をした。
それから老女の前に座り込んだ呆然自失の子供にゆっくりと近づく。
『イーレ』
イーレは声にはじめて反応した。
「……カイル?」
『うん』
イーレは白いウールヴェにしがみつき、その毛皮に顔を埋めた。
『……シルビアを呼んだね?彼女は飛んでこれないから、僕がきた』
イーレは声もなく頷くだけだった。
『落ち着いて、もう大丈夫だよ』
イーレはまたも
『ハーレイ』
「……なんだ?」
『どこか、落ち着ける場所が欲しい』
ハーレイが答える前に、ナーヤが言った。
「一泊ならここで構わんよ。それに誰かそばにいた方がよかろう。あたしが見よう」
『ありがたい』
「それより、お前さん、この子に癒しを与えられるかい?」
『……精霊樹の癒しなら』
「十分だ」
次の瞬間、空間の気がガラリと変わった。それはどこか精霊の泉の空間に似ていた。
部屋が明るくなり、金色の光の粉が天井から降ってくる。
「……なんだ、これは?」
『エトゥール城の精霊樹の波動だよ。癒しの効果がある』
「見事じゃな。ここで癒し師として働くかい?」
『そんな職があるんだ?帰れない時は、お願いしようかな』
「帰る気はないだろう」
獣は不思議そうに老女を見つめた。
『お婆様、面白いね。今度、肉体で会いにきてもいい?』
「あたしの
『あはは、うちの凄腕商人そっくりの物言いだ』
場違いに和んだ会話の間に、ウールヴェにしがみついていた子供の体が沈み込んだ。イーレは眠りに落ちていた。
ハーレイはイーレの小柄な体を抱き上げて、ナーヤの示す寝台に移動させた。
『ハーレイ、何があったか知りたい。悪いけど記憶をみせて』
断ることを許さない威圧があった。ハーレイは素直に従い、白い獣にふれた。だが以前と違い、1分ほどで彼は解放された。
『……なるほど』
「……すまない。彼女を傷つけてしまった」
『ハーレイのせいじゃない。彼女を保護してくれて、ありがとう。僕達は今度の事態に途方に暮れていたから、本当に助かったよ』
カイルから先程までの威圧は消失していた。エトゥールで出会った青年の雰囲気に戻っており、ハーレイはほっとした。
「……カイル、なぜ
『精霊獣? これはただの僕のウールヴェだ。イーレのすさまじい悲鳴が聞こえたから、これをここに飛ばして同調しているだけだよ』
何から突っ込めばいいのか、ハーレイは頭をかかえた。
『僕の肉体はエトゥールにある。精神だけウールヴェを利用して飛ばしている』
「……それは、もう
『?』
白い獣は首をかしげる。カイルは自分の状況に自覚はないようだった。
『さて、どうしたものか……』
白い獣は考え込んでいた。
「まあ、場所として最適なのは精霊の泉だろうな」
ナーヤは謎の助言をした。
『お婆様、すごいね。僕が何したいか、わかるんだね?』
「そんなギラギラしてたら、赤子だってわかるわい。若長、お前のウールヴェを出しな」
「え?」
「何かあったらウールヴェを通じてお前さんに連絡をとるよ」
「は?」
「鈍い坊だね。メレ・アイフェスが精霊の泉に行きたがっている。案内をしてやりな」
――なぜ、精霊の泉?
ハーレイには理解できなかった。
ナーヤ婆にせっつかれて、ハーレイは自分のウールヴェを呼んだ。現れた
『ハーレイ、悪いけど「精霊の泉」とやらに案内してくれないかな』
「あ、ああ……」
ナーヤの家を出て村の入口に向かう。
ナーヤの家を取り囲んでいた村人達は、どよめいた。
注目度はすさまじかった。若長が精霊獣を連れているのだ。先導して歩いていれば、従えているようにも見える。これはあとで誤解をとくのが大変だろう、とハーレイは覚悟した。
馬屋に自分の馬を取りにいき、
「……なぜ馬達が騒がないんだ?」
『ああ、僕が
「
『気配を断つというか……君達だって狩の時に、獲物に近づく場合は、気づかれないようにするだろう?あんな感じ』
「わかったような、わからないような……」
『ハーレイだって精霊の加護を持っているから、できるよ。機会があったら教えようか?』
精霊の加護の話題にハーレイは動揺した。
「いや……俺は加護を取り戻したばかりで……」
『何を言ってるの?ずっと持ってるし、使いこなしているじゃないか』
「なんだって?」
『牢屋で僕の思念を正確に読みとっていただろう?あれは加護がなければ無理だ』
「――」
『だいたい、今、僕はエトゥール語でしゃべってないし』
「……え?」
『気づかなかった?僕は故郷の言葉を使っているし、ハーレイは西の民の言語だ。それでも意思の疎通ができ、会話が成立している。君達の言うところの「加護」だ。エトゥールの王族と同じ力を、ハーレイは使いこなしているよ』
「――」
この精霊獣の姿をした青年は、ハーレイが散々悩んだ若長の資格うんぬんの事項を、一瞬にして虚空の彼方に蹴り飛ばし、おまけに粉砕してしまった。
『さあ、行こう』
精霊獣は、西の民の新しい若長に出立を促した。
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