第3話 離宮

 それからの日々は忙しかった。

 特にシルビアは何度もファーレンシアと侍女達に拘束された。仮縫いだ、髪飾りだ、靴だ、とかいろいろ理由はつけられていたが、服飾文化に疎いカイルには、なぜそこまで時間がかかるかよくわからなかった。

 そこまで力をいれたドレスは当日までお披露目されることはないらしい。

「エトゥール王の私ですら、見たら女性全員を敵に回すレベルだ」

「……何、その怖い世界」

「男が口を出さない方が平和な領域だ。当日まで放置に限る」

「女性がこだわる伝統なのかな?」

「まあ、そうだが、こんなのは序の口だ。とにかく、この時期の侍女の要求には逆らうな」

 まだ、あるのか。女性の熱意と宮廷作法を舐めていたことをカイルは深く反省した。

 一方、問題のあった南部の領地を直轄地ちょっかつちにしたことで、セオディア・メレ・エトゥールの執務は激増した。そこに晩餐会ばんさんかいの準備が加わった形だ。

「何も忙しさに拍車をかけなくてもいいだろうに」

「今、晩餐会ばんさんかいを開催するほうが後腐あとくされがなくてよい」

 さすがにカイルは無条件で期間限定の手伝いを申し出た。カイルは政務のうち、陳情や災害支援など、過去の事例を参考にできるものを引き受けた。 一番の犠牲者は専属護衛のミナリオだった。

「この執務室の警護は完璧だし、ミナリオの実家は商家だろう。計算は得意だよね」

「私は専属護衛ですよ⁉︎」

「僕の世界には『立っている者は親でも使え』と素晴らしい名言があるんだ」

 メレ・エトゥールが振り分け可能な業務をカイルに渡し、カイルは隠れた才を持つ専属護衛達を見抜いて、さらに数名ほど強引に引きずりこみ、分担した。

 欠けた専属護衛の分は、ウールヴェのトゥーラにまかせた。戸口に鎮座する純白の狼もどきの警護に、お茶を用意しに来た侍女が茶器を取り落とすという事故は発生したがおおむね順調だった。

 南の情勢も落ちついてきたのか、日々、陳情は減っていく。

 セオディア・メレ・エトゥールは、同時にカイルの教育も忘れなかった。地理情報と各代表者の名前、称号、関係性を記した羊皮紙の山が積まれた。それに晩餐会の出席者のリストが加えられた。

「当日までに記憶して、シルビア嬢に伝授しておいてくれ」

 周囲はその量に蒼白になったが、カイルは平然と受け取り、翌日には暗記してきた。宮廷作法にダンスと、講義も続いたが、なんとか形になったと思われた。


 カイルが城でサイラスと再会したのは、ミナリオに会場となる離宮を案内されている時だった。

 彼は舞踏会場になる広いホールに立ち、天井画を眺めていた。

「サイラス、年貢の納め時?」

「残念、追加討伐依頼で舞踏会は免除だ」

 サイラスは、にやりと笑った。

 ちっとカイルは舌打ちをした。

 どうやらメレ・エトゥールはサイラスを捕獲することが出来なかったようだ。裏取引により免除とは、そんな手があったのかと悔やまれる。

「何を見ていたのさ?」

「天井画。灯台下暗とうだいもとくらしだぜ。あれは精霊と初代エトゥール王の寓話ぐうわじゃないか?」

「よくご存知ですね」

 サイラスの指摘に、感心したのはミナリオだった。

 意外なところに世界の番人とエトゥール王の神話がかかれていた。探していた題材がこんな身近にあったとは全く盲点であった。

「ミナリオ、こういう天井画は城内にいくつあるかな?」

「……数えたことはありませんね。エトゥールの創世神話は割と一般的な意匠ですよ。聖堂とか隣の晩餐会用の部屋にも絵ではない意匠があります」

「見たい」

 カイルは即、希望を述べた。

 サイラスが真顔でミナリオに忠告をする。

「やめといた方がいいぞ。こいつ、絵画の模写に夢中になって部屋からでてこなくなって、晩餐会をすっぽかすのが目に浮かぶ」

「なっ――」

 まさかのサイラスの裏切りの忠告である。しかも、その内容はリアルすぎて、ミナリオが怯んだ。

「……案内は晩餐会が終わった後日にしましょう」

「英断だ」

「サイラス!」

「気もそぞろになって、晩餐会で失敗したら、恥をかくのは姫様じゃないのかい?」

「うっ……」

 痛いところをついてきた。反論の糸口すらない。ファーレンシアが主役なのに、エスコート役のカイルが失敗するわけにはいかなかった。

「晩餐会の成否は重要です。しばらくは、この部屋の天井画で我慢していただけないでしょうか」

 ミナリオの懇願に近い言葉にカイルは承諾するしかなかった。

 あらためて舞踏会場になる部屋の天井画を見つめる。

 天井までの高さが15mほどの吹き抜け構造なので、天井画の細部までが見づらい。

「中央の円形が若きエトゥール王と精霊の邂逅をテーマにしています」

 ミナリオが解説をする。

「そこから八方向にエトゥール王を支えた賢者達メレ・アイフェスになります。さらにその脇には象徴と言われる精霊獣が描かれています」

八賢人メレ・アイフェスについて書かれた書が少ないのはなぜだろう。エトゥールの書庫にもほとんどなかった」

「書くのを許さなかったというのが定説ですね。もしかしたら、禁書としてメレ・エトゥールが所持しているかもしれませんが、あまり存在しないのは確かです。口伝が多く、精霊獣の化身やら様々な逸話が生まれたのもそれゆえです。初代エトゥール王の時代は、ここら一帯はほぼ砂漠だったらしいですよ」

 カイルははっとした。世界の番人の領域でそんな映像を見たような気がした。

 書くことが許されなかったから、絵画で残したことも考えられる。

「今年で建国何年?」

「500年ほどになります」

「わずか500年で砂漠が田園地帯になったと?」

「エトゥール王は精霊に国の加護と繁栄を求めて、精霊と契約したと言われてます」

「精霊と契約……」

「契約をしたからこそ、エトゥール王家は精霊との対話の力を得たと言われています」

「ファーレンシアのような姫巫女?」

「はい」

 ミナリオが天井画の一部を示す。そこにはエトゥール王とおぼしき人物と青い髪の女性との婚姻が描かれている。

「初代エトゥール王は、精霊の声をきくことのできる巫女をきさきとして迎えたのです。巫女の力を受け継ぐ王家の者は青い髪と緑の瞳を持つと言われています」

「……セオディア・メレ・エトゥールとファーレンシア」

「はい、御二方とも特殊な力をお持ちです」

 確かにセオディア・メレ・エトゥールとは、初対面から言語が通じた。彼はファーレンシアと同様無意識に、精神感応力を使いこなしているのかもしれない。

 シルビアはメレ・エトゥールが精霊鷹を自在に呼べるとも言っていた。会話ができるとも。

 街の散策時に、彼は精霊鷹がカイルを頑固と評していると、からかいの言葉を投げてきた。彼は実際に会話をしていたのだ。

 それが古代の契約の恩恵なら、初代エトゥール王が対価として精霊に払ったものはなんだったのだろう。

 精霊に大災厄の詳細を語らせない誓約を科したのは初代エトゥール王自身か、それとも別の存在か?

 美しい天井画は、カイルに何も語らなかった。

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