Scene 4

 廃墟と化した大阪ジオフロント――。


「た、助け――ゲビャッ!」

「これで二十八万と、七千八百二十三人。……ほとんど食べ尽くしちゃったね」

 邪龍“餓鬼魂ソウル・イーター”を使役し――

 大阪中の人間を喰らい尽くしたマルコシアスは辺りを見渡し、

「残る生体反応は、あと二つだけ」

 一つの小さな反応は、敢えて残しておいた。

「ゆうた君、今から怖い鬼が迎えにいくよ」

 二つの反応が重なっていることに違和感を覚えながら、マルコシアスは歩を進め、

「ゆうた君、見ぃ~つけた」

 瓦礫の陰に隠れていた二人の姿に。

「おねえちゃん!」

 無邪気に手を振る三歳児と、彼を庇うように抱きしめる母親の姿に瞠目する。


 そして――。


「……子供を見捨てて、逃げたんじゃないの?」

 震えながらも睨み返してきた母親に対し、冷たい眼差しを送るが、

「誰が見捨てるものですか。混乱の中ではぐれてしまっただけ。……この子は、私の命より大切なのだから」

「へぇ……」

「お腹が空いているのであれば、私だけを食べなさい。その代わり――」

「ゆうた君は見逃せ、と?」

 台詞を先回りしたマルコシアスは、残忍な笑みを浮かべ、

「虚勢の仮面はすぐに剥がれる。その条件を呑む代わりに、ここで死んだ誰よりも惨たらしく殺すと言ったら?」

「構わない。……この子を失った後の私は、どのみち生きるつもりはないのだから」

「ママぁ……?」

 ゆうたの頭をそっと撫でた母親は涙をこぼし、

「こんな世界で、この子を産むことも、一人で育てることもすべてが命懸けだった。そしてこの子を守るために死ぬことは、私にとって――」

 恐ろしい悪魔が――マルコシアスが真剣に自分の話を聞いていたことに驚く。

 そしてマルコシアスは小さな声で、

「もしボクに、そんな愛が与えられていたのであれば……」

「え?」

 無意識のうちに独白していたことに気付き、

「ボクの負けだ。ゆうた君と、お母さんの勝ちだよ」

 地鳴りのような音と共に、大阪ジオフロントの大扉を開き、

「あなた……」

「気が変わらないうちに早く行きなよ。地上までのオートロックは解除してあげる」

 ゆうたが手を振る姿を、微笑みながら見送り、

「え……」

 続けざまに聞こえた銃撃音に絶句する。


 そして扉の前に横たわる母子の亡骸の前に立ち、


「……」

 即死だったのだろう。

 これからの人生を謳歌することなく、無知なままに誕生し――無垢なまま死んだ。

「……この親子を殺したのは、キミたちかい?」

「ギギッ?」

 二体の機人一型は互いの顔を見合わせ、肯定を示す笑みをマスクに形成し、

「キミたちは殺人プログラムに従い、それを実行した。そう、何も悪くない。だからこれは歪なボクの……」


 ――ただの、八つ当たりだ。


 怒りの形相となったマルコシアスは、母子を射殺した機人たちを粉砕。

 無人となった大阪ジオフロントに、衝撃波の残響音が響き渡る中、

博士ハカセ

「ここにおります」

 薄闇の中から現れた、白い包帯で顔面を覆った男は密かにほくそ笑む。

「東京へ行く。進軍の準備を進めておいて」

「すでに準備は整えており、いつでもご出陣可能です」

「そう……じゃあ、日本での最後のパーティーを始めようかな」

 恭しく礼をした男は、再び闇の中へと消え、

「魔皇リヴァイアサン……キミなら、ボクが探し求める答えを教えてくれるのかな」

 満たされることなき瞳に、紅蓮の炎が宿り――

 大いなる災厄が、東京ジオフロントに訪れようとしていた。

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