Scene 5

 見渡すばかりの人間ヒトの群れ……。


「すごいすごいすごい! いっぱい、いっぱい、いっぱい居る!」

 マルコシアスは、まるで玩具おもちゃの山を見つけたかのように喜びはしゃぎ、

「こ、子供?」

 少数の残存兵、そして数十万を超える避難民の外周にいた者たちは、大扉の向こうから現れた少女に呆然となる。

「おい、どうなってんだ?」

「扉の向こうから来たってことは……人類連合軍が悪魔たちを倒したのか?」

 正しい情報が欲しい。

 差し迫った脅威に怯える者たちが、やがてマルコシアスの元へと歩み寄り、

「なぁ……あんた、扉の外から来たんだろ?」

「人類連合軍は? 百鬼衆たちはどうなった?」

「みんな死んだよ?」


 屈託のない笑みを浮かべた悪魔の言葉に。


「……え?」

「そして、これからキミらも全員死ぬ。――ボクに食われてね」

「は、はは……」

「何を言っているんだ、この子は?」

「う~ん、ボクは嘘が嫌いだし、事実を述べているだけなのだけど……このままじゃ埒が明かないなぁ」

 そして人々の未来を閉ざすかのように、背後の大扉が閉まり――。

「ばくんっ!」

 と、マルコシアスが口にした直後、上半身を失った男は前のめりに倒れ、

「おじさん、これで信じてくれる?」

「ひっ……ぁ……」

 波紋のように拡がった恐怖は、連鎖的なパニックを引き起こす。

「悪魔だ! 悪魔が侵入しているぞ!」

「ど、どけ爺ィ、邪魔だブッ殺されてぇのか!?」

 他の脱出者との競争に勝たなければ生き残れない、という主観的な危機感。

「押すなバカ! 倒れ――」

 不安や恐怖が爆発した人々は錯乱し、集合的な逃走が群集事故へと発展する中、

「あはは、なにこれぇ?」

 その姿を、滑稽で利己的な人間たちをマルコシアスは笑う。

「恐怖って面白いね。少し焚きつけただけなのに、みんな勝手に壊れてゆく」

 そしてゆったりと……まるで遊猟を愉しむ獣が、怯える家畜の群れを奈落の淵へと追い詰めるかのように歩を進めていたが、

「んー?」


 道路の真ん中。ひとり取り残された三歳児を見つけ、


「こんにちは!」

「……こんにちは」

「ボクはマルコシアス。キミのお名前は?」

「ゆうた……」

「ゆうた君かぁ……ゆうた君は、どうして逃げないんだい?」

「?」

 ちいさな唇に指先を添えたゆうたから、その応えはなく。

「ボクが怖くないのかい? ……キミのお母さんは?」

 母という単語に反応した人間ヒトの子は、誰一人いなくなった方角を指さし、

「……ゆうた君。いまからお姉ちゃんと、鬼ごっこをして遊ぼうか」

 腰をかがめたマルコシアスは、視線を合わせ提案する。

「おにごっこ?」

「うん。お姉ちゃんが鬼で、ゆうた君たちが逃げる役。――最後の一人になるまで逃げることができたら、ゆうた君の勝ちだよ」

「うん、遊ぶ!」

「じゃあ、お姉ちゃんはこれから他の人たちを捕まえるから。がんばって逃げてね」

 無邪気に手を振る小さな子供を見送り――。

 俯き表情を隠していたマルコシアスは、再び笑顔となり、

「よーし、じゃあ張り切っちゃうぞ!」

 四方へと伸びた彼女の髪は異形へと変化。

「うっ……あっ……」

 びっしりと並び、鉄をも溶かす酸の唾液が絡んだ鋭い牙――。

 群集たちは都市を覆い尽くしていく巨大な影に……黒いりんを蛇のように蠢かす目鼻の無い怪物に絶望する。


 そして尋常ならざる殺戮劇が開幕し……。


「これが中華人民十四億を喰らい尽くし、最後はボクに食べられてしまった“お母さま”の姿――」

 九つ頭の怪物を召喚したマルコシアスは、血染めの街でをつぶやく。

「邪龍……餓鬼魂ソウル・イーターだよ」

 この日――。大阪ジオフロントは、西の悪魔たちの手に陥ちた。



◇ 第一編 人形コッペリア ◆

                                    了

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