Scene 4

 大阪ジオフロント、最終防衛ライン――。


「が、ゴフ……ッ」

 二型に胸板を貫かれた男を最後に、抵抗を続けていた百鬼衆は殲滅され、

「おお、アンドラスさま」

「なんと雄々しき御姿に」

 直人と飛鳥を吸収した蛇女たちは、鬼の王と同化したアンドラスの姿を称える。

「……」

 なれど強大な力を得たはずのアンドラスは拳を握りしめ、

「足りぬ……この程度の強化では、奴に太刀打ちすることなどできぬ」

「やっほー、アンドラスちゃん」

 背後から聞こえてきた声に眼を見開き、エウリュアレーたちは青ざめる。


 黒のゴシックドレスのような外殻甲冑よろいをまとい――

    緋色の瞳と笑顔を向けてきた、十三歳前後の少女の姿に。


「マルコシアス、さま……」

 恐怖に怯える蛇女たちの横を通り過ぎた、黄白色の髪の美少女は、

「あれぇ? アンドラスちゃん、ずいぶんと姿が変わったね?」

「……」

「イメージチェンジしたのかな? ん?」

 密かに戦闘態勢に入った死徒に苦笑し、その周囲を一回りし、

「ふぅん……。つまみ食いしてたんだ?」

 マルコシアスの声音が変わったと同時――己を上回る畏怖を浴びたアンドラスは、全身全霊の、極超音速の正拳突きを振り向きざまに放ち、

「ボクに内緒で軍を動かし、勝手に人間ヒトを食べちゃダメじゃないか」

 雷鳴にも似た衝撃波音が轟く中――。

 繰り出したはずの左腕は地面に落ち、超重力によって体を圧し潰され、

「がっ、ギッ……!」

 全身の骨格フレームを捻じ曲げられ、外殻甲冑が砕けゆく中、


 ――我はいったい、何を夢想していたのであろうか?


「いまの西の女王は、キミが忠誠を誓った母さまではなく、このボク」

 自らの戦闘力ちからだけで悪魔の鎧を――己の造物主マスターを食い殺し……

 深淵より底知れぬ“飢餓”を以って、同族すら喰らい尽くそうとする怪物。

「キミとボクは、もはや同格ではないんだよ」

 この化生の誕生は、完全に想定外イレギュラーであり、失敗エラーであり、致命的な欠陥バグ

 これ以上強大になる前に殺せねば、

「納得できないのであれば……このままペシャンコになっちゃう?」

 我々、悪魔は――

「グっ、ぎッ、がががガガガガガガ!」


 ……勝てない。

 数千、数万の人間エサを喰らったところで、こんな規格外の化け物に敵うはずがない。


「ありゃ……ちょっとやりすぎたかな?」

 腰をかがめたマルコシアスは、己の目線よりも更に低い位置にいる――アンドラスだった鉄くずを見下ろし、

「危うく殺しちゃうとこだったけど、キミなら数日もあれば復活できるでしょ。以後は反省し、壊れるまでボクの駒として忠誠を尽くしてね」


 ……ねぇ?


「可愛いワンコちゃん?」

「はっ……ハハァッ!」

 笑顔で振り返った怪物に、顔面蒼白となった蛇女たちは一斉に跪き――

 エリア全体に広がったマルコシアスの影に、血肉と屍の山が呑み込まれる中、

「開け~ゴマ!」

 上機嫌となった黒衣の少女は、大阪ジオフロント最終区画の大扉を強制解除し、

「わぁ……!」

 喜劇は終わり、続いて第三幕――。

 大阪の“本当の地獄”は……ここから始まった。

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