Scene 2

「死徒……」

「悪魔の鎧が生み出した……地獄の怪物」

 大階段を降りきったアンドラスに対し、百鬼衆までもが委縮する中、

「親父……」

「父上……」

 分厚い畏怖の壁を突き破り歩を進めた斎の姿を、直人と飛鳥は静かに見送り、

「――ッ!? 痴れ者が!」

「退がれ、下郎!」

 蛇女たちの大鎌が重なる音が、緊迫の空気を震わせるさなか、

「よい……」

 アンドラスは刃の扉を片手で押し開き、

「俺の顔を覚えているか?」

「よく」

 互いの間合い内……斎は問い、四つ眼を細めた死徒は言葉をつむぐ。

「この女が孕んでいた赤子を子宮から引きずり出し……この足で踏み潰してやった時に女子おなごのように泣いた男の顔だ」


 そして憤怒の形相となった斎は呪句コマンドを発動させ、


「もはや我が妻は死んだ。……なれば、この身を悪鬼に変え貴様を屠るのみ!」

「これは……」

 エウリュアレーたちが瞠目する中、妖気に包まれた斎は異形へと変貌し、

「ゲ、アアァァ――――ッ!」

 五つのあかい角、白髪はくはつ――。

 憎悪に燃ゆる双眸に加え、体中にある鬼眼は十と五。

「変身だと!?」

 酒呑童子しゅてんどうじ――。

 平安時代、丹波の大江山に拠を構え、都を恐怖に陥れた鬼の名である。

 なんぴとたりと酒呑を正面から討つこと叶わず……源頼光が謀略を用い、騙し討ちすることで退治できた日本最大最強の鬼神。

「シャアァァッ!」

 復讐鬼と化した斎は大地を蹴り跳躍し、右脚を軸に回転したアンドラスは旋風つむじのごとき裏蹴りを放つ。

「――ッ!」

 なれど、すでに狂鬼はその空間におらず。

 一瞬にしてていを戻したアンドラスが左肘打ちを繰り出すよりも早く、

「ルロオオォォ――――ッ!」

 迅雷と化した回転蹴りを首元に受けた死徒は、激しく壁面へと叩き付けられる。

「人間ごときが……馬鹿なッ!」

「七十二柱の魔将が、アンドラスさまが地に膝をつけるなど!?」

 粉塵と瓦礫の渦中、エウリュアレーたちは主を援護するために飛び出すが、

「蛇女! てめぇの姉ゴルゴーンのように引導を渡してやるぜ!」

「直人……!」

 黒太刀を大鎌で受け止めたエウリュアレ―は歯軋りし、

「おのれェ、女狐めがッ!」

「――父上、ご武運を!」

 飛鳥はステンノーの刃をいなし、激しく切り結びあう。


 そして鯨波とともに、百鬼衆は二型たちと激突し――。


「鞍馬流体術奥義、参ノ型“雪崩霞なだれかすみ”の変形……否、そこから更に進化させたか」

 折れた頸椎を復元したアンドラスは、再び斎の前に立ち、

「面白い体術わざだ、存外に愉しませてくれる」

「ナ、ギサ……」

 修復されゆく鴉面から垣間見えるは、十代に若返った最愛の妻の素顔。

「もっとせてみろ」

 二律背反の激情の中――。

 四つの邪眼が蒼の輝線を放ち、極超音速の拳戟とともに斎は咆哮を上げた。


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