Scene 4

 神奈川の空に浮かぶは、巨大な鋼鉄のクラゲ。

 垂れ下がった触手を含めれば、全高八十メートルに達するであろう異形に向け、かなた東京へと伸びた鋼線が、螺旋を描き元の触手の形へと戻っていく。

「……」

 そしてコックピット内に、再びインヴィディアの姿が浮かび上がり、

《テンタクラー・ウィップの回収、および遠隔サーヴァント・モードの解除を完了》

 悪魔の鎧デモナイズド・メイル――。

 七の魔皇まおうの降臨と共に、地上から人類を駆逐した生体機動兵器。

《ユーザー権限を、死徒インヴィディアへと返還》

 地球外物質ダークマターで形成された、堅牢極まりない装甲。

 そして数万を超える“人間ヒト”という名の部品を吸収することで受肉を果たし、この世界に誕生した……正真正銘の怪物たち。

 その中でも、たった一機で大国ロシアを滅ぼし、東日本を焦土に変えたリヴァイアサンの戦闘力は群を抜いていた。

《敵生体“ドラゴン”の反応消失を確認。現在、東京エリアはクリア》

「諒解。引き続き監視を継続せよ」

 脅威の排除と、戦闘準備は全て完了させた。……あとは新たな敵が網にかかるまで休眠し、心をむしばむ“感情”という名の蟲どもから逃れるだけ。

「……」

 だが、今日は違った。

 否、もはや夢に逃げ込むことなど許されなかった。

嗚呼ああ……」

 頬を涙に濡らしたインヴィディアはコックピットハッチを開き、上昇気流に銀髪をなびかせ月を仰ぐ。

 そしてリヴァイアサンの装甲はだが震え、夜の海に石の波動うたを染みこませる中、

「生きておられた……」

 温もりが残る右手に視線を落としたインヴィディアは、東京ジオフロントで出会った少女の姿を強く思い浮かべる。

えにしを取り戻そうとしたところで、きっと拒絶される。……それだけのことを私は貴女に強いてきたのだから」


 だけど、それでも――。


「貴女を失って、はじめて私は理解した」

 月華に照らし出されたリヴァイアサンは、巨大な龍へと変化し、

「貴女を愛していたのだと。失ったまま生きることなど叶わぬのだと。私は……見せかけだけの弱いイキモノだったのだと」

 主を求めし大海龍は、孤独を振り払うかのようにく。

「たった一人の、私のマスター……」


 これはヒトと竜がつむぎし――愛憎の物語……。




◇ 第一話 曼殊沙華ナラクノハナ ◇

                                    了

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