Scene 3

 時を同じくして――。


『非常事態宣言が発令されました。東京ジオフロントにお住まいの皆さまは、すみやかにシェルターに避難、もしくは自宅にて待機してください』

 地上から千メートル地下に構築された巨大都市。

「でかい揺れだな……相変わらず地上うえではドンパチやってんのか?」

 そびえ立つ巨大な塔からサイレンが鳴り響く中、

「どうせ悪魔どもの縄張り争いだろ? 自衛隊も米軍も、そんなもんとっくに叩き潰されちまったからなぁ」

 郊外にある廃棄場に集まった男たちは、ぽっかりと空いた虚空を見上げ、

「でもよぉ、こんなに戦闘が続くのは久しぶりじゃないか?」

「おいおい、ビビってんじゃねぇよ。それに何かあっても、神奈川の“お化けクラゲ”が対処してくれるって。――なぜか東京を襲わず、他の化物どもから守ってくれる有難い悪魔さまがな」

「そんなことより……今は俺らが生きる為の道具を探さねーとな」

 前歯が欠けた男はにやと笑い、

「おーい、嬢ちゃん! いつまで隠れんぼをするつもりだい!?」

 手にした生体探知機の反応に笑みを浮かべる。


 ――逃げなきゃ……。


 追手の声を聞いた少女は、廃車の陰から離れようとするが、

「しっかし、嬢ちゃんも可哀想な子だよなァ」

「ああ、レアな義体を持っているからと俺らみたいな悪党に狙われ、挙句の果てに慰みものになろうとしているのだから」

 慰撫するかのような猫なで声が、彼女の耳朶を打ち、

「だがなぁ、俺らは嬢ちゃんの将来も考えて行動しているんだ。……嬢ちゃんみたいな孤児みなしごに、いつまでもドブネズミのような生活をさせたくないし、たとえ爪先まで垢染みた変態どもが“客”になろうとも、きちんと社会に奉仕させようとしている」

「いわば慈善活動ってやつ? だとしたら俺ら、悪党じゃなくヒーローじゃね?」

 人面獣心の男たちは、下卑た笑い声を上げ、

「ま、十秒だけ待ってやるよ。――その間に、自分の意志で俺らの前に現れろ」


 ――誰か、助けて……。


 恫喝へと変貌した声に、少女の身が竦む中、

「なッ!?」

 轟音とともに瓦礫の山が宙へと飛散し、

地上そらから……女が落ちてきた?」

「馬鹿をいうな。ここから地上まで……千メートル以上もの距離があるんだぞ?」

 突然の出来事に狼狽する男たちの背後に。

「そんな場所から落ちて、原型を留めているはずが……」

 外殻甲冑に包まれた死徒が続けざまに現れ、男の首を手刀で跳ね飛ばす。

「は? え? ギャバッ!」

「何だよこいつ……何な――」

 鋼鉄のかかとに頭部を砕かれた大男は膝から崩れ落ち、逃げ出そうとした小男の体は、投擲された鉄骨によって引き裂かれ、

「あ、ぁ……」

 尋常ならざる殺戮劇。

 一部始終を見届けていた少女は、冷たい足音あおとを響かせ近付く死徒に怯えるが、

「貴女さまは……」

 少女の右肩を掴んだ悪魔は声を震わせ、

「――ッ!」

 背後の殺気めがけ跳躍。

 高周波振動剣バイブロブレードを振り下ろすと同時、鳴り響いた金属音に、薄闇にエメラルド色の輝線を放った獣の双眸に瞠目する。

「外殻甲冑を形成」

 必殺の兜割りを二対の黒翼で受け止め――紅蓮の炎に包まれし篭手ガントレットを形成した不倶戴天の敵の姿に。

重力加速グラヴィティ・アクセル!》

 重力操作によって加速されたAIの拳は、女型めがたの胸郭を粉砕。

 衝撃波音を置き去りに、岩壁へと叩きつけられた死徒――インヴィディアは、形状を維持できなくなる前に右腕を狙撃銃へと変化させ、

「この……死に損ないがァ――――ッ!」

 心臓を穿たれし竜が倒れたと同時――人の視覚では見えぬ細い鋼線となった悪魔は、虚空の闇へと去っていった。

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