Ⅰ-ii 大きな図書館(8月1日、8月2日) 1. 限定三十二冊の予約本

 えんじはきっかり朝の六時に鳴った携帯端末の通知音ではっと目を覚ました。反射的に枕元に置いてある携帯端末を取ると、図書館フォルダにメールが一通届いていた。


004 8/1 6:00


<From> 私立つつじ女子大学図書館

<Title> The Chess白のポーン


 そしてメールに記されたリンク先を開くと『真っ黒である』から始まって、エンドが親友パズルと会った所までの、夢で見たまんまの物語が書かれていた。


「そうなんだよ、私は去年のゲームで騎士だった。しかし忌々しくもルールを守らない奴にクロスを捕られ、ゲーム早々途中退場だった。……。っかし、この“本”はどういう仕組みになってるんだか……」


 えんじは首に提げたクロスをいじりなら長い独り言を呟いた。


 えんじが大学の図書館からこの変わった物語を借りたのは、今回で二度目である。えんじの在学している女子大学の図書館では、一年に一回、不定期メールと夢からなるこのいっぷう変わった“本”の貸し出しが、夏休み期間中だけこっそり行われている。


 この“本”の貸し出しは、毎年五月一日に、大学図書館入り口にある新刊予約コーナーのボードに、乱雑に張られた巷で人気の本の題名が書かれた購入予定の紙切れたちに混ざって、『The Chess予約開始』という小さなメモ書きで、慎ましく発表される。


 その紙にはタイトルの下に続けて、


“貸し出し日:八月一日

 貸し出し期間:八月一日~最長九月中旬 (夏休み期間中のみ)


 借りたい方は、予約申し込み書類に必要事項を記入し、学生証と一緒にカウンターに提出して下さい。


 七月一日に貸し出し確認メールをお送りしますので、七月中に一度来館願います。


 不明な点はカウンターでご質問下さい。


 なお、大変申し訳ありませんが、本を借りられる人は、当大学大学生・大学院生もしくは当大学付属の高校生に限ります。一般の方はご遠慮下さい”




 とある。


 そしてその発表を見つけたら、本の予約の手続きをする。まず予約申し込み書類に、題名欄『The Chess』、作者欄には、作者の代わりに編集者として図書館の館長の名前を書く。また備考欄には、キング、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト、ポーンのチェスゲームのプレイヤーの職業六種類のどれか自分の希望がある場合は書いても良いことになっている。


 この本の貸し出しは、チェスのプレイヤーの数と同じ三十二人だけである。選考漏れした人は、文章による物語はなく夢だけを見ることができる。夢だけの場合、全部のストーリーを覚えていなかったり、物語が終了した後で文章を記憶できるカードに本を保存することができなかったりする。


 物語が始まるのは、学校が夏休みに入る八月一日からなのだが、七月一日“本”の貸し出しの前に、図書館から予約希望が通ったことを知らせるメールが来る。そうしたら、物語が始まる前までに一度図書館へ行き、カウンターで学生証を提示して、チェスの参加者が身につけているものと同じ十字架のネックレスを“借りる”。クロスは二種類あって、一つは真ん中に紅か白の石が嵌め込まれ、石の中に六つの職業の何れかを表したマークがうっすらと見える『駒のクロス』といわれるもの。もう一つは、石のない『観戦者用クロス』である。前者は物語が始まると、三十二人いるチェスのプレイヤーの誰かになった夢を見、午前六時には夢の内容が文章で記された各人固有のウェブサイトを読むことができる。たいてい、読者とプレイヤーはどこか共通した部分のある性格になる。観戦者用クロスの方は、チェスの世界のプレイヤー以外の観戦者の誰か、例えばゲームに憧れる少年や、チェス好きな宿屋のおやじなどの夢を見る。もしくはゲーム中に関係した生き物になるかもしれない。ただ、こちらの場合は似たような性格の者の夢を見るとは限らないようである。


 そしてクロスを借りたら、物語が始まる前日の七月三十日に、図書館からチェスのルール説明が書かれた『How to Chess』と、プレイヤー紹介である『今回の参加者』が書かれたサイトをメールで伝えられる。そしてその日の就寝前に、携帯端末を図書館の所定のサイトにアクセスし、必ずクロスをつけて眠る。そうするとチェスの夢を見ることができ、駒のクロスを借りた者なら朝の六時にその日見た分の物語が活字となったものをウェブサイトで読むことができる、と図書館から説明を受ける。


 物語は毎年だいたい八月末から九月の中旬には終わる。それまで毎日チェスの夢を見るとは限らない。チェスの夢は不定期であり、夢の中の人物が何の動きも見せない時は“お休み”となる。また、駒のクロスを持つ読者が、夢の中でクロスを捕られたら、もうチェスの夢は見なくなり、ゲームの経過報告のみ専用サイトで知ることができる。


 物語が終了したら、九月三十一日までに借りていたクロスを図書館のカウンターに返さなくてはならない。


 ちなみに“The Chess”を借りる時に使われる“携帯端末”とは電話機能の付いた、携帯の出来る多機能な機械である。形は平たい長方形の形のものもあれば、二つ折りのものなど様々である。主にメールを送り合ったり、インターネットを閲覧できたりする。財布機能や音楽プレイヤーや、日記や家計簿などのメモ帳機能など様々な使い方がある。


 えんじがベットの中で、ざっと三十分物語に目を通していた時、今度は先程とは別の、聞き慣れたメール着信音が鳴った。このメロディーは音崎豊のメールが来た知らせである。たぶん内容はこの“本”についてであろうとえんじは予測した。今年は豊も『The Chess』を予約し、駒のクロスを借りることができたと聞いていたからだ。




256 8/1 6:30


<From> 豊

<Title> not title


 おはよう! “本”を読んだよ。今さっきまで自分が見ていた夢が朝起きてから携帯端末で読めて、ちょっと感動したね(@_@) 携帯端末をウェブサイトに接続して寝たくらいで、複数人が同じ世界感の夢を共有できるわけはないし、これはどういう仕組みになってるんだろうねぇ? ホームズ君はどう考える? ワトソン君には魔法としか説明できんw


 それはそうと、私の夢で、えんじの前回のプレイヤーのエンドワイズに会ったよ! 多分今年もえんじはエンドでゲームに参加してるんだろぅ? このゲームは連続出場もできるんだね。今回こそは掟破りに煩わされずにいけばいいね……。で、私はあちらでは誰だったと思う? まさか例の魔剣使いとは言わないので安心してネ(^_^;) エンドの仲間の白のポーンだったよ。


 この後九時までにえんじの家に車で迎えに行くので、会ったら誰だったか当ててみて


v(^_-)


by ゆたか




 えんじは親友の豊が夢の中でも仲間と知って、心強い気持ちになった。


「エンドが会った白のポーンは、リアとパズル……たぶん豊はパズルのはずさね。あちらでエンドの昔なじみならば、こちらでも同じではないかな? 両方の世界で私は朋友の協力を得られるわけか……」


 えんじは、今の呟きの最後が無意識に堅い口調になり、自分がエンドに似たかなとぼんやりと思った。

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