Ⅰ白のポーン 4. 魔法アイテム工房2

 魔法アイテムとは、火の鳥の羽やドラゴンのうろこなど、特殊な魔力を持つ物を材料としたり、職人が直接物に魔法を込めたりして作る、魔力を持たない者でも魔法が使える、便利な武器や道具のことである。


 これらは数百年数千年と使い続けていると、魔法が作動しづらくなり、そのうち使えなくなる。よって、千年以上も経ったアイテムなどは、定期的にそのアイテムを作った工房の職人が修繕しなければならない。エンドの持つ大マイクロフトの魔槍は、二千年も前から代々ジェイン家に受け継がれてきたものであった。そのため、マイクロフト工房の若い職人見習いであるパズルは、エンドがイリュイトに足を運んだ時、この珍しい魔槍のメンテナンスを喜んで行っていた。


 パズルは作業場へ行き、エンドの魔槍を借り受けると、自分の背よりも高い槍を慎重に扱いながら、そっと穂先から順に、ゆっくりと手をかざしていった。その手の平には、淡いクリーム色の光がうっすらと光っていた。魔槍は職人の手が発する光に当たると、じわりじわりと小さな傷や汚れが消えていった。槍に嵌め込まれていた魔法石や銀の刃は、時間を重ねるうちに、古に作られた時の輝きを少しづつ取り戻していった。


 職人は時々一箇所で手を止める。すると、槍の内側に据えられていた、魔法を補強する特殊な草が浮かび上がり、直接手を触れずにそれが取り出された。職人はそれを手際よく工房にある新しい物と交換する。また、痛みのひどい箇所を見つけると、職人はそこに透き通った石をかざした。そして一定時間を置くと、今度は雪色の粉を軽くふりかけて再びじっくり手を当てる。そうすると、傷は癒え、ひびは塞がっていった。


 エンドはその間、椅子に腰掛けじっとその仕事を見つめながら、黙って待っていた。


 無言の作業は一時間以上かかった。


「うん、これでいいでしょう」


 職人は満足そうにそう言うと、最後に布で槍全体を拭き、持ち主に返した。職人の癒しを得た魔槍は、脈打つように魔力が満ち満ちていた。パズルは魔槍がエンドの元に戻ると、まるで喜んだように手になじむところを目で確認し、そっと鼻をなで口元をほころばせた。


「みごとだな……職人の技は」


 エンドは磨かれた銀の穂をじっと眺めながら、魔弓の矢を受けて少し欠けていた魔法石が、何もなかったように元に戻っているのを見とめ、呟くように感嘆した。


 黙々と仕事をしていた職人は、機を見ると打って変わって明るい声で、先ほど玄関先で客人に言っていた“伝えたいこと”を伝え始めた。


「ところで、エンド! もう参加者リストを見て知ってると思いますが、今年は僕もチェスに参加できるんですよ! 今、エンドが来る前に、ちょうどその時に使う武器を仕上げていた所だったんです」


 パズルは自分の首元から、駒のクロスを引き出して見せた。エンドは深く頷いた。


「ああ、頼もしい。しかし、よく親方が見習い中の弟子に、長い間工房をあけるチェスの参加を許したものだな?」


 職人見習いは、その答えを満面の笑顔で話した。


「それがですね、なんと親方がチェスの旅立ちを機に、僕に六年間の遍歴修行を許してくれたんですよ!」


 職人の遍歴修行とは、見習いを卒業した職人が、西大陸の都市を旅して、自分の工房とは違う所で一定期間働いて歩く、職人が親方になるための修行だった。ということは、パズルは自分の親方から一人前と認められたことになる。


 エンドはパズルのニュースに「それは良かったな」と心を込めて祝福した。パズルは「ありがとうございます!」と喜んで返すと、先ほど抱えていた楽器風の自作魔法アイテムをエンドの前に持って来て見せた。


「これを旅に持って行こうと思ってるんです! これは弦を複雑に鳴らすことにより、色々な魔法を操作できる仕組みなんです。そして何と言っても一番の見所は、相手の魔法解除ができることなんです! 旅の間にもっと強化できれば、異空間魔術の解除にだって使えるようになりますよ!」


 職人は自分の製作物を自慢するように嬉々として説明した。この弦楽器風の武器は、五本の弦が張ってある。ばちはなく、演者は手で爪弾き魔法を紡ぐ。パズルは親友に、ためしに短い曲を一つ小さく奏でてみせた。楽器がかき鳴らす深く響く音が空間を揺さぶる。魔法は軽快な音楽と共に現れた。パズルの奏でる弾むような旋律とともに、奏者の足元で、膝丈くらいの小さな竜巻が、じわりじわりと巻き上がり始めた。旋風は小さいまま、床の上を踊るように流れ、そこに散らばっていた羽や花びらなどを巻き込み、舞台を練り歩くように作業場を一周した。そして楽者の「ぽろんっ!」という締めの音と同時に、竜巻は部屋の隅に投げかけられていたちりとりの上で、すっと消えた。


 パズルは一曲終わると、次に耳に心地良いのどかな調べを奏で始めた。曲が緩やかに流れていく。そのうちエンドは手に持つ魔槍が、呪文を唱えた時のように、静かに目覚めるのを感じた。槍の穂先の魔法石がほんのわずかに淡く光る。魔槍はパズルの演奏する音楽に合わせて謳うように、己の過去のいさおしを継承者に静かに語りかけてきた。


 魔槍の昔語りにじっと耳を傾けていたエンドがふと気付くと、床に散らばったままだった色とりどりの魔法石の欠片たちが、己が歴史を伝えようとするように、内に秘めた魔力の光をうっすらと輝かせ始めていた。そして最後には、工房に立てかけられていた古の職人が作りし武器たちまでもが、弦楽器の歌声に合わせて輪唱し始めた。合唱する者たちは、人の寿命をはるかに超えて時を重ねた者が持つ深遠なる声で、パズルの爪弾く音色に合わせて歌い続けた。エンドは目を閉じ、その快い調べにじっと耳を澄ませた。


「パズルー! そろそろ止めとけー! こっちの方のアイテム達まで歌い出してかなわんからさ!」


 いつの間にか工房中に響き渡っていた古き者たちの音楽に、パズルの親方は微笑交じりに隣の作業場から終止符を打った。


「はい! 親方、すみませんでした!」


 パズルは親方の声で、自分が曲の指揮者だということを忘れて、無心に歌声に聴き入っていたことにふっと気付くと、そっと曲を締め括った。


「今の魔法は、短い間だけ奏でるなら、魔法アイテムの魔力を充実させる曲です。もっと長く弾き続けると、物の記憶を人に伝えることのできる魔法になります」


 エンドは曲が終わるとゆっくり眼を開け、古き友から初めて身の内を語られたような心持ちで職人に言った。


「ああ。魔槍も謳っていた。作り手大マイクロフトのことや、己が交わしてきた戦いのこと――。よかったら、今度また聞かせてくれ」


 パズルは「もちろんですよ!」と答えると、楽器を置いて、先ほどちりとりの上にまとめた羽や花びらなどを片付け始めた。


「この楽器は音の大小で、発動する魔法の規模を変えることができて、曲が長ければ、それだけ複雑な魔法を紡ぐこともできます。結構これは自信作ですよ!


 ……ところで、今回もまたルール無視の魔剣使いがチェスに参加しているんですね」


 パズルは床に落とした魔法アイテムの材料を、別々の瓶に仕分ける細かい作業をしながら、眉をひそめて、そっと苦い話題に触れた。その声は、静かな友人の分まで怒っているというような、とげのある口調だった。


「ああ。アラネスを発った時、森で奴に会った。その時、先ほど言っていたリアと別れることになった。私は二度目だから、とっさに魔槍の防壁を発動して、辛うじて救われたが、彼にはとにかくその場から離れるよう喚起した」


 森の中で魔剣の白い光が止んだ時、すでにリアもフーガもその場から消えていた。


 その日の夕刻、エンドは訪れた町の教会で、ゲームの進行を熟知している僧侶から、特に白のポーンが欠けたという話は聞かなかった。エンドは僧侶に頼んで、王城にいるゲーム情報担当のビショップに、伝書鳩を使って、リアの消息について問い合わせて貰った。


 そして次の日の朝、エンドは教会で、アラネスを発ったリアが、フーガとは半日の距離をおいて、サランの方に向かっている、という知らせを受けた。リアは前日、一日以上の距離を鹿ココアで駆け抜けた、という。ポーンは通常一日に徒歩で行ける距離しか進めない。が、クロスを貰った町を初めて出立する日に限り、二日分を行くことができる。リアはアラネスでクロスを貰い、その日は初出立であった。その前の日に、二日分の距離を移動していたフーガは、リアには追いつけない。だから、ひとまずリアは無事だということだった。


 エンドは、パズルの片付けを待つ間、自分が白のナイトとしてチェスに参加していた去年のことを思い出した。


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