Ⅰ白のポーン 3. 魔剣使い3

 アラネスを出ると、森を挟んで街道がずっと続いていた。リアはそこで鹿ココアに乗り、二人は白の王都の方角へと向かった。


 エンドはこの後、昨夜話に出ていた魔法アイテム工房で働く友人の住む町イリュイトへ寄るという。リアは、情報屋メイヤーから教えられた、同じ白のポーンがいる町サランへ行くつもりだった。イリュイトもサランも王都に近く、途中まで道は一緒であった。


「この馬は小フロストと言う。気性は繊細でやや神経質だが、戦いの時は冷静な判断で俊敏に動く。時に私を諌めることもある」


 エンドは森の道を歩きながら、リアにその寡黙な連れを紹介した。小フロストは普通の馬よりも少し大きく、白き姿が地を歩くさまは、その名の通り繊細な霜を思わせた。リアはその白き大馬を打ち眺めた。


「小フロストは、名を呼べばどこにいても必ず騎手の下へ跳んで来て、どんな障壁をも飛び越えて駆け抜けることができる“羽なき天馬”ですよね?」


 エンドは頷いた。


「ああ。代々ジェイン家の元に身を留め続けている羽なき天馬だ。小フロストは去年のチェスにも参加していて、今回騎乗できない私にも付き合ってくれる、頼れる朋友だ」


 騎士と、かの者が乗る羽なき天馬はどんな絆よりも深い。羽なき天馬は、普通の馬と違って強い魔力を持つ。その魔力を以って崖をも跳躍し、城壁をも跳び越える。その力で、乗り手の難事にすっと現れ、またかの者を危殆から救い出す。


 羽なき天馬は元来、人の入らない静謐な場所に好んで棲む。炎の森や雲の上の山野などである。


 だが騎士には強い魔力を持つ者はほとんどいない。それゆえ騎士は自分の乗る羽なき天馬を心強い盟友と仰ぐ。


 リアは騎士の横を行く馬を見てにこりと微笑むと、自分も黄赤色の鹿を紹介した。


「僕を背に乗せる鹿はココアと言います。西大陸の北の方では古くは神獣とされた鹿なのだそうです。ココアは戦いには参加しませんが、身が軽くていざとなれば、どんな所でも素早く駆け抜けることができます」


「昨日闇の森の中を疾走していた時、とても息が合っていたな」


 エンドは召喚士と穏和な鹿に篤い絆を感じていた。樹上では風が微かに葉を揺らしていた。


「ココアは僕が召喚士となって初めて契約を交わした、一番付き合いの長い“友達”です」


 リアはそう言って優しく鹿の首をなでた。ココア色の鹿は、それに応えるように落ち着いた深い黒の瞳をゆっくりとまたたいた。


「ところで召喚士の技は昨日初めて拝見させてもらった。その温和しく肩の上に乗っている青い鳥は、あの大鳥だろうか?」


 リアはにっこり笑って頷いた。


「ええ、そうです。このサイトと双子のカイヤは、自由に体の大きさを変えられるようになることを契約の条件としているので、戦うとき以外はいつもこの大きさです」


 エンドは感心して召喚士の肩の上の青い鳥を眺めた。双子鳥サイトは、羽を広げて愛想良く「きゅるっ」と青年に挨拶した。リアは旅の徒然に、この双子鳥たちとの出会いのいきさつをエンドに話した。


 もともとこの鳥たちは、南大陸の東に浮かぶ人の住まない孤島で生まれた、瑠璃色の羽が珍しい双子の大鳥であった。しかし、ある時その島に火竜が飛来したため、鳥たちは棲みかを逐われて、南大陸の高山に移り住んでいた。


 新天地に移ったばかりの頃、鳥たちは大きな体躯を養うために、先住の獣たちの分まで森の実りを食べなければならなかった。その結果、徐々に人間の狩人たち、すなわち冒険者から狙われるようになった。森の付近に住んでいた人間から、森を荒らす害鳥を仕留めて欲しいと冒険者を集めたからである。大鳥たちが現れてから、森の動物は少しづつ減り、それを捕ることを生業としていた人間たちにも影響を受けている、ということだった。大鳥たちは、己に降りかかった火の粉はその都度払っていた。が、狩人が止むことはなかった。


 そのようにして呼び集められた者の中に、ある時リアも現れた。リアは双子鳥たちに、自分の体の大きさを自由に変えられる契約魔術を提案した。小さい姿で長く暮らせば、ふつうの鳥のような食事の量で生きていけると。双子鳥は、召喚士と契約を結んだ。


「なるほど不思議なものだ。召喚士とは魔術師のようだな」


「召喚士とは『その生き物の願いを魔術で叶える代わりに、いつか召喚士が必要とした時に、その生き物を喚び出して、自分の助けをしてもらう人』です」


「……とは?」


 リアは自分の職業について詳しく説明し始めた。エンドは、愛馬と共に黙々と歩を進めながら、静かにその長い話に耳を傾けた。


「召喚士には、その生き物の願いを叶えられるだけの魔力と、空間移動の術が必要になります。原則的には召喚士と、契約を結んだ生き物はギブアンドテイクの間柄ですが、召喚士は契約を交わした生き物を一生喚ばずにそっとしておいたり、逆に召喚士と絆の深い生き物が、無償で契約を交わすという場合もあります。


 そういうわけなので、一回契約を結んだ後は、その生き物との付き合い方は自由となります。大きな願いを叶えた生き物は、その分喚ぶ回数も多くなるというわけではありません。願いの大きさ、魔術の大変さは客観的な基準がありませんので。


 そして召喚士の中で、試験を受けてギルドに登録された人が、町や領主から仕事の依頼を受けて報酬を貰うことができます。その召喚士が、生き物と契約を交わして宣誓を唱え終えた時、魔法陣の中の生き物の名前は、ギルドの召喚登録リストに記載されます。このリストは、教会などから簡単に確認できます。


 もし契約後に、生き物が再び同じ方法で人間を襲うことがあれば、依頼人はギルドに連絡して、その生き物の名前をリストから破棄してもらい、また代わりの召喚士を派遣して補償してもらいます。失敗した召喚士は、ギルドから除名されます。


 ギルドに登録していない召喚士は、強い獣やモンスターと契約をして、都市で開催される闘獣大会で賞金を稼ぎます。大会に出場できる獣やモンスターの種類は決まっていて“指定モンスター”と呼ばれます。その数は六十四種類いますが、指定モンスターすべてと契約を交わしている召喚士は“親方”を名乗れます。親方になると大会の主催者側で働くこともできます。


 召喚士の世界では、ギルドの保護の下で働く道と、親方を目指して闘獣大会で生計を立てる道とがあります」


「ではリアのようなギルドに登録している召喚士は、人と獣の間を取り持つ者ということになるのか」


 しかしエンドのその問いに、リアは曖昧に首を振って答えた。


「そうですね。でも、僕も一応すべての指定モンスターとは契約しています。何でも集めてしまいたくなる癖があるのかも知れません」

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