Ⅰ白のポーン 3. 魔剣使い2
うっすらと朝霧のかかるアラネスの町は、まだ起き抜けのように静かであった。教会を去った後、人通りのない石畳の川沿いを、リアとエンドはそれぞれ鹿と白馬を連れ添って歩いていた。
「ところで、アラネスを出る前に、一度二重川へ寄っては貰えぬだろうか?」
古びた長槍を携えたエンドが、ふと思い出したようにリアに尋ねた。騎士の横では、大きな白馬が物静かに付き添っていた。
「はい。僧侶キルクから魔法石を貰っていたので、僕も行こうと思っていました」
「ああ、そうか。リアはどんな者と会いたいのか?」
エンドは低く呟くようにリアに尋ねた。リアはにこりと微笑みながら明るく答えた。
「僕の場合、いつかこのゲームの中で姿を見せると約束したまま、ずっと再会していない古い友人です。僕がチェスに参加する理由も、その友人を探すためです」
リアは旅の中で、もう幾度となく話してきた話を、新しい旅の友に楽しそうに語った。
「その友人とは、僕が仕事を始めたばかりの駆け出しだった頃に知り合いました。
彼と初めて会った時、彼は町外れの森の中で木の枝の上に寝転がり、少し大きめの黒いシルクハットを顔に乗せて眠っていた所でした。仕事は長丁場で滞在も長逗留となり、その間、町のことを教えてもらったり、逆に自分が仕事で使う覚えたての魔術を教えたりしました。初仕事の町で、まだ僕が旅慣れもしていない時に、最初にできた親友でした。
町での仕事が一段落する頃には二人ともすっかり意気投合していたので、しばらくパーティを組んで一緒に旅をすることにしました。二人とも冒険は初心者だったのですが、自由気ままに海を渡ったり古跡を探索したり、世界中の様々な町を巡り歩いたりしました。
彼は僕が今まで出会った人たちの中で一番明るくて、人を楽しくさせるのが好きで、知らず知らずのうちに、そばにいる人を元気付けるのが得意な人です。彼は毒舌家の友人からは“天才的な楽天家”とさえ言われたこともあります。
そういうわけで、いつもよく人が集まり、冒険はその時々で仲間が増えたり減ったりしました。
そのうち時が経つと、一緒に旅をすることはなくなりましたが、お互い気が向いたら、相手の居所を探して訪ね合ったりしていました。
それと彼は雲隠れも得意技でした。旅の中でもそれ以外でも、よく誰にも何も言い残さずに、ふっと煙のように姿を消しては、どこか見つけづらい場所でうたたねしていたり、ふらっと旅をしていたりすることが多かったのです。簡単に言うと、自由奔放な人柄だったわけです。
そんなわけで付かず離れず、音信が途絶えることもなく気ままに交流していました。
だけどある時、彼は珍しく少し落ち込んだ様子で、姿を消す前に『私はそのうち雲隠れします』と一言告げました。それが、僕が最後に彼を訪ねた時のことだったんです。
彼は続けて『しかしきっと、ある方とは再会の約束をしなければならなくなります。だからいつかゲームの中で、私はプレイヤーとして旅をするその方を招待するでしょう。今度私を訪ねる時は、チェスの時に、その方と一緒に来て下さい。私は王都のそばに現れます。
できればその方が、私の隠れ住まいに行き着くことができるよう、プレイヤーとなって、私の代わりに陰で手助けをしてもらえると重畳です』と、雲を掴むようなことを言い残しました。でも決して、その隠れ住まいの行き方は教えてくれませんでした。
それから次に僕が彼を訪ねた時には、すでにそこから消えていて、どこに住んでいるのかが、さっぱり分からなくなってしまいました。普通に旅をしている時も探しているのですが、手がかりが少なくてとても困っています――」
そう語ると、リアはその話を終えた後のいつもの癖のように、軽く肩をすくめて見せた。と、語り手の左肩でこくりこくりと首を重たげに傾げていた青い鳥が、急に足元が動いて驚き小さく「きゅるっ……」と呟いた。
その話に騎士は耳を傾けていた。エンドは麦藁色の髪の召喚士の話す友人を、不思議な者だと思った。が、語る者の声の底に長い哀惜の時間を感じた。
エンドはリアに己のことを語った。その声は打ち解けて、柔らかかった。
「大事な友人なのだな。私は、実は今回チェスに参加するのは二度目だ。前回決着を預けた相手がいて、その騎士と再会し勝負ができるよう二重川で願掛けする。その騎士も今回赤のポーンとして参加している。今度は邪魔が入らなければよいが……。お互い相手に出会えると良いな」
そう話しているうちに、倉庫通りの奥に地上の川の上を直角に交差して架けられた、グレイの大きな石橋が見えてきた。
二の川を湛える石橋は、アラネスの町を東から西へとまっすぐに横切っていた。時に、その川の上を人を乗せた小船が通ることもあるという。
橋の上を流れる美しく透き通る二の川の水は、一の川の中心点の真上で、一筋の細い滝となって、橋の両側からすうっと流れ落ちていた。この二つの川が出会う滝つぼには、アラネスを訪れた様々な旅人たちが投げた色とりどりの魔法石が、水の中できらきらと輝いていた。
二人はトンネルのような形になっている橋脚の前で立ち止まった。
エンドは連添う馬を待たせると、橋のそばに構えてある魔法石の欠片を並べる無人の露店から、青色の石を一つ選び取り、代価を専用の小さな木箱に納めた。そして川のほとりに戻り、祈りを込めて石を投じた。
「赤の王城で、再びかの騎士と相見えますように」
その声は苦味を帯びて、揺るぐことのない固い決心が潜んでいた。
その隣では、少しの間じっと小滝を眺めていた人探しの旅人が、懐から小さな巾着を取り出して、願いを込めて魔法石を空にかざした。『どうか今回彼が現れますように』と心の中で祈ると、リアはキルクから貰った深緑色の鈍く輝く石を、その静かな滝つぼに放った。
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