第六章 ヒノメ班(三十位)vs アクタ班(三位)の戦い
第1話 ヒノメ班の特設応援団
ヒノメ班とアクタ班の対戦当日、花園に続く通路をヒノメたちは歩いている。
ヒノメ班の出番である第五試合が始まることをクロワが実況していた。クロワの声が潮騒のように耳朶へ届くなか、無言でヒノメは歩いている。
強敵との試合を前にしてムイとミズクも口数が少なく、選手の控室でも会話は少なかった。
緊張したままでは本来の実力が出せないとヒノメは危惧を抱く。だが、自身もムイたちを安堵させるほどの余裕が無く沈黙したままでいる。
いつもの調子が出ない三人が花園に向かっていると、前方に立ち塞がる人影があった。光量の少ない通路ではそれが誰か分からない。ヒノメが怪訝な面持ちで近づいていくと、その人物たちの顔が見えるようになった。
「イチバ! どうしたの、こんなところで?」
立ち止まったヒノメを出迎えたのは、イチバの不敵な笑みだった。
「柄じゃないけど、あんたらをイチバ班で応援に来たのさ」
「ほんと、珍しいじゃん」
ヒノメが驚いているとイチバは灰色の瞳で、これから戦いに赴く三人を見渡す。
「あたしたちに勝ったあんたらがアクタ班に負けると困るのよ。それじゃイチバ班までアクタ班より弱いみたいだろ? だから、今日だけは応援してあげるよ」
「嫌味な言い方ねー。ま、あんたの顔でも少しは落ち着くかも」
ヒノメは内心では感謝しつつ肩を竦める。
「あ、ありがとうございますー」
「頼んでないので礼は言わないです」
ぺこぺこと頭を下げるムイと、ふんぞり返って応じるミズク。この二人も、どこか緊張が和らいでいるように見えた。
イチバの横に立つ茶髪と焦げ茶色の瞳を有する女性、モミジがムイとミズクを小馬鹿にしたように見やる。試合中に開花したときは赤い体表の姿だったが、今は尋常な白い肌をしていた。
「私はどうでもよかったけど、イチバがどうしてもって言うから」
モミジは腰に手を当てて静かに言う。イチバが顔をしかめてモミジの脇腹を肘で突ついた。自分の背に隠れて恥ずかしそうにしている女性に気付き、モミジは肩越しに振り返る。
「あんたも何か言ったら?」
「う、うん。あ、あの、頑張ってください……」
黒い前髪が目を覆う女性が消え入りそうな声を発する。見慣れないその女性が怯えないよう、ヒノメは笑顔で近寄った。
「ありがとう。初めまして、だよね? イチバのお友だちとか?」
「いや、それライミだから」
「何だってぇ⁉」
イチバの補足を聞いてヒノメは両目を見開く。
「ライミと言えばイチバ班の問題児。金髪のシャギーカットを振り乱して
「言いすぎだから」
モミジが呆れて鼻を鳴らす。
「しかしだって、これがライミだなんて信じられないって」
「開花すると見た目も性格も変わるからね、ライミは」
モミジは手を伸ばして後ろのライミの髪を撫でる。その変貌ぶりを信じられないヒノメは、しげしげとライミを眺めた。
ライミの正体を知って顕著な反応を示したのはミズク。小首を傾げながら進み出ると、ジト目でライミを睨みながら近づいていく。
「これがライミだとは、にわかに信じがたいです」
回り込んでライミの後ろに立ったミズクは、ライミのお尻を蹴り上げる。
「おら、可愛い子ぶってんなです」
「い、痛い……。止めてくださいぃ……」
「おらおら、本性を見せろです」
「クソガキ、私の友だちを苛めんじゃない」
モミジが手を一振りしてミズクの頭を殴りつけた。
「あた」
頭を押さえてミズクがムイの背後に逃げ帰り、頭だけを出してモミジを睨み返す。ムイは微笑しながらミズクの頭に手を置いた。
その様子を見ていたヒノメは笑声を漏らす。
「あんたたちのおかげで、気が
イチバは意外そうにヒノメを見やったが、ふいに相好を崩した。
「アクタに目にもの見せてきな」
イチバたちは脇に退いて道を開く。
ヒノメは頷くと、ムイとミズクを伴って歩を進めた。
『いよいよ本日の第五試合の出場者が出そろいます! まずは陽門よりヒノメ班の入場です!』
クロワの声と歓声を浴びながら、ヒノメたちは
通路から出たヒノメの顔を赤くなった日差しが照らし、冷涼な空気がその身を包む。客席を埋める人々の声に混じり、水の流れる音と水の匂いが鼻孔を掠めた。
今回の花園はアカルミ都市の北部に位置する〈
水上都市には木製の民家や水車、大きなレンガでできた風車が建設されており、外観は
戦場となる花園を囲むように高台となった客席があるのはお馴染みで、
カラスの加護である〈巌窟王の再来〉の効果により、
ヒノメ班と男性花守が生命花を咲かせて開花すると、すかさずクロワが実況する。
『さぁ、ヒノメ班の開花です! イチバ班、カレギ班と格上の相手を降しつつ、〈若葉〉三位であるアクタ班との対戦まで辿り着きました! その勢いのままヒノメ班の勝利なるか⁉』
生命花の根元で開花したヒノメは長刀を握り直す。両隣には大型の籠手を装着したムイと、二冊の本を手にして六冊の浮遊させるミズクが並んだ。
男性花守の加護は対象の能力向上だが、最下位のヒノメ班の相棒だけあって気休め程度の効果しかもたらさない。それで戦い抜くしかなかった。
『次は月門よりアクタ班の入場です! この喝采がその不動の人気を表しています!』
花園に響く歓声はこれまでの比ではなかった。観客の拍手や声が入り混じった波濤となってヒノメの肌を震わせる。
竹光は、その名の通り竹を削って刀の形状に加工した得物だ。本物の竹であれば殺傷力は無いが、開花したアクタのそれは加護によって真剣を超える切れ味と言われている。
開花したアクタの衣装は独特だった。上衣は
小袖は黒地に薄紫の花柄が描かれており、女袴は深紅を基調にして裾に簡素な文様が刻まれていた。腰より上に巻いた帯は結び目が小さく、余った部分が長く下に垂れて揺れている。
アカルミには珍しい服装であり、その凛々しい容貌も相まってアクタは熱狂的な歓声を一身に浴びている。
「やっぱり強そうだね」
戦う前からムイが怯えた声を放つ。そうは言っても、アクタ班の迫力はヒノメですら痛いほど感じるし、何より観客が全員敵となったようなアクタ班への歓声は全身を委縮させるようだ。
「私たちだって見た目は負けてないと思うよ」
ヒノメが虚勢を張っていると、客席の一角からヒノメの名前を呼ぶ声が耳に届いた。
「ヒノメ班ー!」
「ほら、ウチの応援だってあるじゃん! はーい! あなたのヒノメはここどぇーす!」
声のした方向へとヒノメは満面の笑みで手を振った。しかも猫なで声。
「ヒノメ班、滅べー! 消えろ、くたばれー!」
「アクタ班に細切れにされろッー!」
「もー! 二人ともー、普通に応援しようよぉー……!」
客席の声の主は柵から身を乗り出して叫ぶカレギ班だった。それに気付いて脱力しヒノメが棒のように真後ろに倒れる。ムイとミズクは受け止めてくれず、ヒノメは地面に後頭部を強打。
前回の試合でヒノメ班に逆転勝ちを許し、その恨みから罵詈雑言を吐くカレギとゼンナ、その二人を恥ずかしそうに制止しているオトノが観戦していたのだった。
一挙動で立ち上がったヒノメは憎々しげに客席を見つめる。その後頭部から早くも負傷したのかハナビラが零れ落ちた。
「クッソー。カレギ班か」
「ヒノメさん、頭に傷が」
「恐らくサクハナリーグ史上最速の負傷です」
苛立った手つきで頭のハナビラを払うヒノメは、次に別な人影を客席に見出す。
「あ! コーチも応援してくれてる!」
客席の端には、帽子を目深に被った女性たちに紛れてカラスが立っていた。ヒノメの視線に気付いたのかカラスが手を上げ、ヒノメも片手を掲げて応じる。
「コーチの前で恥ずかしい戦いはできないね」
嬉々としたヒノメに対して、特にムイとミズクはカラスへの反応はない。
『両班の開花も完了です! これよりサクハナリーグ第五試合、〈
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