第6話 決戦の招待状

『サクハナリーグ第五試合、〈花散らし戦チルマッチ〉。アクタ班対チエル班戦の開始です!』


 クロワによる試合開始宣言がなされ、客席が興奮で湧いた。


『アクタ班は数に勝り、さらにタキシちゃんの速攻を得意としています。客席のみなさまは見逃さないよう、お気を付け下さい!』


「実況の言う通りだ。アクタ班の勝利は揺るぎない。ちゃんと目に焼きつけておくんだ」


 クロワから引き継いだカラスの言葉にヒノメは頷いた。ふと、横で顔を上に向けているムイにヒノメは気が付く。


「なんで上なんか見てんの、ムイちゃん?」


「うん。最初にタキシちゃんが仕かけると思うから」


 ムイの目線を追ってヒノメが空を見上げ、その両目が見開かれた。〈錆びた都市〉の上空に人影が浮かんでいたのだ。


「タキシちゃんの加護は、〈翼が羽ばたけばそこが自由〉。サクハナリーグでも数少ない飛行できる能力なんだよ」


「ムイ君はタキシについて詳しいようだね」


「はい。ムイちゃんとタキシは、その、前は同じ班だったんです」


「そうか。タキシ・キタカタ・〈ダイモンジソウサクシフラーガ・フォルトゥネイ〉はムイ君に任せれば良さそうだね」


 カラスが言って試合に目を向け、ヒノメもそれにならう。花園では早くも戦況が動いていた。


 タキシの背中には五条の光の翼が伸びている。その翼から複数の薄緑色の光芒が照射され、地上に立つチエル班を急襲。閃光の爆発が地上を覆いつくした。


『タキシちゃんの先制攻撃が決まり、チエル班が爆発に飲み込まれたぁ! 爆発が収まった後で残った人影は二人! そこへスクルちゃんと分身が突撃ぃー!』


 チエル班が体勢を立て直す間もなく、二人のスクルが鏡映しのような動作で肉薄。スクルの両掌から発射される光弾がチエル班を押し包む。四つの掌から高速連射される光弾に抗すすべもなく、チエル班がハナビラと化して消失した。


『アクタ班の速攻が見事に決まりチエル班が全滅! タキシちゃんとスクルちゃんがチエル班の生命花リスポーン地点へと詰め寄る! アクタちゃんは悠々と後詰を担当する余裕すら見せています!』


 クロワの実況が響き渡る会場で、ヒノメは試合を凝視するしかない。ヒノメが凝然と視線を注ぐ先で、それから間もなくクロワの声が試合終了を告げる。


『おぉーっと! タキシちゃんがチエル班の生命花を破壊したことで、アクタ班の勝利が決まりましたぁ! アクタ班は被撃破チル無し、さらにアクタちゃんを温存しての勝利となります!』


 客席の喝采のなか、アクタ班が悠然と北門へと戻っていく。


 圧倒的な力量差を有するアクタ班の試合を目の当たりにして、さすがにヒノメたちも気後れしてしまった。


 試合前は柵に乗り出していた身体を思わず引いていたことに気付き、ヒノメは自身を鼓舞するように息を吐いた。ヒノメはムイとミズクの手を引いて北門の方へと走り出す。


「ど、どーしたの、ヒノメさぁん?」


「お手洗いですか?」


「アクタ班に宣戦布告するのよ!」


「えー……⁉ 挑戦するのはいいけど、挑発までしなくてもー」


 ヒノメに引かれる手に反発する力が加わるも、ムイには本気で反抗する根性は無い。ヒノメに引っ張られるままムイは走り、とてとてとミズクも足を急がせる。


 北門の上部に位置する通路に辿り着いたヒノメは足を止め、柵に手を着いて眼下を覗いた。ちょうどアクタ班も北門に近づいたところで、歩きながらヒノメたちを見上げている。


「アクター!」


 雄叫びのような声量で名指しされ、アクタは後ろの二人を制して足を止めた。


『おお⁉ 試合後のアクタ班を呼び止めた者がいます! あれは……〈若葉〉最下位のヒノメ班だぁー⁉ 取像花カメラ担当さんと拾音花サウンド担当さん、あそこ寄ってズームお願いします!』


 異変に気付いたクロワが指示を出す。映像花スクリーンには花園を見下ろすヒノメ班と、客席を見上げるアクタ班が対峙する姿が映し出された。


「この前、アクタ班に挑戦しろと言ったわね! その答えを今、言いに来たのよ!」


 アクタは応じず冷然とヒノメを見返すだけだ。むしろ反応したのは後ろの二人で、タキシとスクルは驚いてアクタの背中に瞳を向けていた。


「私たちはアクタ班に試合を挑むわ! これはみんなで話して決めたことよッ!」


 映像花スクリーンには、毅然と胸を張るヒノメ、恥ずかしそうに身を縮めているムイ、ジト目の前で親指を下に向けているミズク、三人が映っている。


 その映像が下に移動し、獰悪な笑みで迎えるアクタ、ムイへと威圧するような嘲笑を向けるタキシ、隣の分身と顔を見合わせているスクル、四人が映し出された。


『まさに前代未聞! 試合後のアクタ班にヒノメ班が宣戦布告したぁ! 数秒の沈黙を経てアクタ班は北門へと姿を消しました。ですが、アクタちゃんの表情を見ればその胸中は予想がつきます!』


 興奮しているクロワの熱を帯びた声がつんざくなか、アクタ班はヒノメの視界から消えていく。この場で返答は得られなかったが、ヒノメはアクタが挑戦を受けることを確信していた。


「行こう。ムイちゃん、ミズクちゃん」


 ヒノメは二人と並んで客席から通路に入った。


 胸の奥では闘志が滾っていた。順位だけならば相手は遥かに格上の強敵であっても、ヒノメは負けるわけにはいかない。


 父親から譲り受けた剣の技術、それは思わぬ形で歪んでしまったかもしれないが、ヒノメにとっては自分に残された拠り所だった。


 そして隣にいるムイとミズク。始まりは余り者の寄せ集めに過ぎなかったかもしれない。その三人が今は本当の仲間になろうとしている。


 ヒノメが落ち込んでいたときに心配して励ましてくれたムイ。ミズク、は何考えているかは分からないけれど、きっと多分ヒノメを仲間だと思ってくれているはずだ。


 自分を育んでくれた者、今の自分に寄り添ってくれる者のためにヒノメは戦い、勝つことを心に決めていた。


「君たち! 僕も応援しているよ」


 通路を歩く三人を追ってカラスの声がかけられる。


 ヒノメが振り返ると、逆光を浴びて影となったカラスが小走りに近づいてきていた。その表情は見えないが、眼鏡だけが薄明りに白く浮かんでいる。


「カレギ班のときは役に立てなかったが、今回は微力ながら助言させてもらおう」


 嬉々としたカラスの声にヒノメは頷く。


 ムイとミズクも縋りたい気持ちがあるのか、今だけは素直にカラスの助言を聞くつもりのようだ。


「アクタ班との戦いでは、まず……」


 薄暗い通路にカラスの声が静かにこだまする。

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