第4話 強敵たちの弱点

「そう簡単にカレギに近づかせるわけないだろ!」


 横手から鋭く放たれた言葉を聞き、ヒノメは思わず足を止めて視線を向ける。


 ヒノメの瞳が向く先にいたのは、カレギ班の一人。足元まで丈のある漆黒の外套に身を包み、波打つ深緑の長髪が垂れ下がる。黒い目をした細面の女性だった。


『オトノちゃん抜きでも油断はできない! 広範囲爆撃のゼンナちゃんが、ヒノメちゃんを照準済みだぁー!』


 ゼンナが右手で外套を開く。ゼンナの細身の右半身だけが露わになり、外套の内側から三発の光が発射された。円筒形をした飛来物は後部から赤い炎と噴煙を吐きつつ、弧を描いてヒノメに向かって飛んでくる。


「ヒノメさぁん、そこにいてぇ!」


 走り寄ったムイが両手を広げ、全方位に青い防壁を展開させる。半球ドーム状になったムイの防壁の周囲に飛来物が着弾。吹き上がった灼熱の爆炎が防壁を押し包み、上空に黒煙が翼を広げて立ち上った。


 内側から爆発の光景を眺めていたヒノメは冷や汗を拭う。


「ありがと、ムイちゃん。助かった」


「これこわーい! 何度も防ぎたくないんだけどー!」


「あと防壁解除お願い」


「まだ煙が収まってないのにー⁉」


 泣き叫ぶムイに防壁を解除させ、ヒノメは黒煙に紛れて走る。煙を突き破って現れたヒノメを目にし、さすがにカレギも動揺を隠せずに腕組みを解いた。ヒノメとカレギの距離が近すぎて、ゼンナも先ほどの攻撃はできない。


「カレギ、覚悟ー!」


「その不細工な得物に取られるほど、安くないね」


 カレギは薄笑いを浮かべ、左手をヒノメに差し向ける。カレギの身体に幾筋も巻き付きその左腕から垂れ下がっていたツタが、自ら意志を持つように動いてヒノメの長刀に巻き付いた。


「なッ⁉」


 続いてもう一本のツタがヒノメの手首に絡みつく。強い力で引っ張られ、ヒノメは足を踏ん張り上体を後ろに傾けた。それでも耐え切れず、ヒノメは少しずつ引き寄せられていく。


「痛い目見てみるかぁ、ほらよっとぉ!」


 カレギが頭上から後方へと、左腕に半円の軌道を描かせて大きく振り回す。急激な膂力で空中に巻き上げられたヒノメは、急角度で背中から砂地に叩きつけられた。地面が柔らかいおかげで致命傷にならなかったが、衝撃と激痛で呼吸が詰まる。


「今度はもっと痛いよ?」


 ヒノメを捕らえていたツタを戻し、次の攻撃に繋げようとするカレギが笑う。


「カレギちゃん、大丈夫⁉」


 ミズクの集中砲火を受けていたオトノが後方の戦況に気付き、ゆっくりと歩み寄ってきていた。その間も本から斉射される光条を浴び続けているのに、何ら損傷を受けた様子は無い。


 オトノはゼンナに向けて手を振り、親指で後ろを示した。それで意味を理解したゼンナは左手で外套を広げ、三発の飛翔体を発射。山なりに飛んだ飛翔体はミズクの潜む岩陰近くで爆発を上げ、それまで光条を射出していた本が沈黙する。


 長刀を杖にして立ち上がったヒノメに向け、オトノが突進の構えを見せた。思考を省略して横っ飛びで逃げた瞬間、寸前までヒノメがいた空間をオトノが粉砕する。


 転がったヒノメが砂塗れになった顔を上げて逃走すると、ムイが駆け寄って背後に庇ってくれた。オトノはカレギの前に立ち塞がり、自ら盾となって仲間を守る。


「このわたくしの一撃を回避するとは、たいしたものです。ですが、幸運は続きませんよ」


「強力な攻撃だって、直線的に来るのが分かっていれば対処のしようがあるってもんよ」


「それでは試してみますよ!」


 反射的にムイが防壁を展開。オトノの姿が掻き消えたと同時に衝突音が響いてムイの上体が揺らぎ、踏みしめていた両足が後ろに滑走する。


「きゃあッ! ヒノメさん、何度も耐えられないよ!」


「さすがにムイちゃんでもキツイか……!」


 一撃でムイの防壁には多数の亀裂が生じ、内側には煌めく破片が零れ落ちていく。到底、もう一度は耐えられるとは思えない破損だった。


「このわたくしの攻撃を防ぐとは、見上げたものです。ですが……」


「あんた、どうして追撃しないの」


「ドキッ⁉」


「そう言えば、さっきもすぐに攻撃しないで口上を垂れてたわね?」


「ドキドキッ⁉」


 オトノは胸の前で両拳を握ると、上半身をくねらしながらカレギを振り向く。


「カレギちゃぁん、どうしよ⁉ このわたくしの攻撃に溜め時間クールダウンが必要だってバレてるぅ!」


「全部自分で言ってんだって! 後退して追撃はゼンナに任せな!」


「はいッ!」


 堂々とオトノが背を向けて遠ざかる。ヒノメたちとオトノとの距離が開くと、ゼンナが外套を開いて飛翔体を発射、空中を放物線の軌道で三発の弾が飛んでくる。


『ゼンナちゃんの種子・・が再び襲いかかるが、今度はムイちゃんの防御は耐えられそうもありません! ヒノメ班、万事休すか⁉』


 飛翔体が頂点に達し、ヒノメたちに向かって下降し始め、ヒノメは自身にもたらされる爆撃を待つしかなかった。


 突如、飛翔体へと紫の光条が撃ち込まれ三発の種子は空中で爆発する。炎と爆風の余波が地上を吹き荒れ、予想外のことにカレギ班が狼狽していた。その隙にヒノメとムイは後退しつつ、離れた貯水槽の陰から手を振るミズクを発見する。


「やあやあ、二人を助けたミズはここです」


「ありがとー。助かったよー」


 ヒノメとムイもミズに合流し、貯水槽の裏で言葉を交わす。


「さすがに十位は強いね。ちょっと相手になんないかも」


「いまさらそんなこと言われても困るよー。降参ギブする? 降参ギブしよっか? 降参ギブ降参ギブ!」


「ムイぴょん、落ち着くです。ミズには、カレギ班あのバカどもの弱点が見えてるです。それも鮮明にです」


 ミズクが小さな胸を張ったが目障りなので押し戻したヒノメが口を開く。


「で、その弱点は?」


「それを奴らにも教えてやるです」

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