第34話 学内有名人やアメリカの異能の事情

 芸術が好きな、中二病疾患疑惑の彼と出会った夜。図書館での出会いをユートンさんに言った。ツボにはまったのか、笑い声が大きくなり、私の鼓膜すらも破れそうだ。


「いやあ。笑った笑った。サミュエルだね。物理学でその容姿となると」

「有名人なんですね」

「色んな意味でね」


 どうやらかなりの有名人のようだ。ユートンさんは笑いで出てしまった涙をふき取る。


「苦学生で異能力者だから、夜の街で荒稼ぎをしているのよ。違法ではないわ。あれは彼でしか作れないアートだ。そう言ってるファンがいるぐらいのものらしいの」


 金のない地区で芸術作品を売る。そういったことをする人は滅多にいない。金があってこそ、芸術活動ができる。ひょっとしたら、パトロンに似た何かがいるという可能性も否定できなくもないが。


「夢を見るカードと言われている。安っぽいAVは二度と見たくないと思わせるものがあるって話よ」


 薬物ではないため、違法ではないようだが、果たしてそれは大丈夫なのだろうかと疑問を持つ。ユートンさんはまだ解説を続ける。


「あれは催眠に近いらしいし、電子精霊ありきらしいから、一度使ったら廃棄になるらしいわ。麻薬ほどの依存性は全くないって。そりゃそうよ。あれは夢だもの。良い物を見ても、覚えてるとも限らないし」

「ですよね」


 夢は覚えている時とそうじゃない時がある。身体に影響があるわけではないから、依存性はあれど、麻薬程の脅威はない。固定客が付きやすく、警察のターゲットにならない最高の商品だろう。唯一となると猶更だ。


「だからでしょうね。ギャングから狙われているという話もあるわ」


 ギャングの収入源は複数あるらしいが、その一つが違法薬物や麻薬などを用いたものだ。商売の邪魔になるから排除する可能性はあり得る。


「排除とかそういうものですかね」

「それもあるけど、取り込む可能性もあるわ。異能力者を求めてるって話があるもの」

 

 私はユートンさんのようにアメリカのことを知っているわけではない。ギャングに縁がない。ある程度知っておかないと、困るかもしれないと思い、質問をしてみる。


「アメリカの異能の事情を教えてもらえませんか」

「オッケー! 長くなるかもだけどいい?」


 課題は終わっている。後は寝るだけとなっている。そのため、話が長引いても問題なかった。


「いいよ」

「アメリカにたくさんの人が集まってるってのは知ってるね」

「そりゃあまあ」


 夢を叶えるため。名誉を獲得するため。金を稼ぐため。ありとあらゆる理由で集まり、大きくなっていった国がアメリカだ。


「その分、異能者も集まる。ギャングとか裏世界の人だって来る。ということもあって、犯罪者でかつ異能者という人は割といたりするよ。この間なんて発火能力者と爆弾魔がタッグ組んだ事件あったし」


 思ったよりも物騒だった。


「昔から裏世界に異能力者がいて、犯罪にも関わったりもするから、自然と警察とかそういう組織も異能力者を採用する。そういうとこなのよねぇ。日本はまだマシなんだけど」


 アメリカの方が規模は大きそうだ。関係性を調べようとなると、糸のようにこんがらがっているだろう。ユートンさんにとって、日本は治安の良いところという認識のようだが、昔に比べると悪くなっていることも事実だ。それを教える。


「それでも昔に比べると治安、悪くなってますけどね。実際巻き込まれましたもん。大学入試で」

「ひかり。それ冗談で言ってる?」


 信じてはいなかった。無理もない。私自身、巻き込まれるまでは遠い世界の出来事だと思っていた。


「本当だよ」

「……ごめん。私の配慮が足りてなかった」


 いつものユートンさんの声量ではない。一番小さい。事件に巻き込まれたから、無事ではないと勘違いしていることが大きいだろう。気にしていないと伝えないと、暫く彼女は気落ちしたままになってそうだ。


「いやこっち無傷だったから大丈夫ですよ。確か異能の研究が盛んだと聞いてますけど」


 そういうわけで、強引に話題を少し変えてみた。


「そうだね。アメリカが一番進んでるわ。霊電子の発見はまさに世紀の大発見だし、電子精霊の開発も異能力者の間では最高の発明品でしょうね。まあ……私だと使えないんだけども」


 電子精霊は異能力者をサポートするものだ。能力を持たない大多数の人にとっては関係のない代物だ。ユートンさんが苦笑いする理由は彼女自身能力を持っていないから。そういうことだ。


「それも最近悪用されつつあるって話よ。アメリカの異能研究の第一人者と言われているロバート・ベイカーが考えた理論と一緒に」


 聞き覚えのある、顔出ししていない名前が考案した理論は日本メディアでも取り上げていた。私の記憶が正しければ、ああいう類は……。


「あれって確か空想理論だと言ってませんでしたっけ」


 ユートンさんは否定しなかった。


「ええ。彼自身も。メディアも。そう言っているわ。けれど一部の人はそう感じていない。ある異能力の犯罪者が言っていたわ。力なき者は力がある者に従うべきだと。無能力者はいくらでも殺しても問題ないと」

「だいぶ物騒ですね」

「そうね。悪化しないことを祈るわ。心配しなくても、大丈夫よ。私が守ってあげる」


 ユートンさんは二の腕の筋肉を見せるような仕草をした。ウインクをしている。先輩である彼女がそう言ってくれるのなら心強い。

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