第35話 いつだってトラブルはつきもの

 短期留学の期間が残り半分となった。丁度休日になっていたため、私とユートンさんは買い物をする。青い空。乾燥した涼しい風。眩しい日差し。これこそカルフォルニア州と言った感じか。


「ここなら良い掘り出し物があったりするんだよね」


 大学や研究機関がある地区と安いアパートメント地区の間は低い建物が多く、飲食店や小売店が並んでいる。お手軽で安全に買い物に出来るところとして有名なのだそうだ。腹が減っては戦が出来ぬ。着いて最初にやることは腹ごしらえだ。


「おいひぃ」

「でしょ。ここのクレープ屋を推してるの」


 ユートンさんのオススメのクレープ屋でいただく。アメリカサイズだから大きいのだろうと思ったら、ここはそうでもなかった。アジア人が経営しているらしく、味とバリエーションで勝負をしていることが理由らしい。


「それじゃあ。色々見て回ろうか」


 ユートンさんの案内で店を回っていく。雑貨屋。菓子屋。駄菓子屋のような店。本屋。服屋。気に入った物やお土産を買っていく。そのお陰で持ってきた手提げかばんがパンパンになっている。


「ひかり。だいぶ買ったね。帰り大丈夫なわけ?」


 スーツケースに入らないのでは。ユートンさんはそう言いたのだろう。


「それは大丈夫だよ」


 計算はしていることを伝えようとした矢先、男の悲鳴が耳に届く。ピタリと発言を止め、周囲を警戒する。


「誰か助けてください!」


 アパートメント地区方面から誰かが走ってきている。安物のズボンとシャツ。金髪青目の青年。ウィンリー総合大学のサミュエルさんだ。追いかけている輩は三人。腰に拳銃がある。発砲でもされたら、周りに被害が出てくる。それを防いでおきたい。先手必勝。拳銃に結界を貼って、取れないようにする。


「ちょっとここで待っててね」


 拳銃が使えないと見た途端、ユートンさんが動き始めた。荷物を預かったがどうすればいいのだろうか。ただ眺めればいいのか。


「はあ!」


 顎に強烈なアッパー。腹に打撃。華麗なる蹴り技。あまりにも素早すぎて、見るだけで精一杯だ。基礎訓練を重ねると、速くなるという話は本当のようだ。普通に強いのか、三人のチンピラ共はくたばっている。


「ありがとう女神様!」


 本当に助けが必要だったからか、サミュエルはぶっ飛んだ言葉も使っている。


「誰かが飛び道具を封じてくれたお陰で、こっちも動きやすくなった。それだけよ。初めまして。我が大学で有名なアーティストのサミュエルさん。私はユートン・チェンです。女神じゃないからそこはよろしく」


 ユーモア溢れる自己紹介。流石はアメリカに慣れているユートンさんだ。ちらりと見たら、警察官が来ている。事情徴収を受けることになりそうだ。サミュエルさんと視線が合った。


「やあ。また会ったね」


 非常に穏やかな笑みだ。乙女なら何人かが落ちるだろう。警察官が来るような物騒な状況ではない限りは。


「どうも。とりあえずオトモぐらいはしますよ。警察が来てますし」


 倒したユートンさん。追いかけられたサミュエルさん。チンピラ共。この辺りは確定だ。関わっているためだ。私の場合は怪しい。結界を貼った程度では呼ばれないだろう。証拠は既に消滅している。


「えーっとあなたはご友人ですか」

「はい」

「すまないが、外で待機してくれ」


 この警察官とのやりとりの通り、私は外で待つ羽目になった。一階建ての小さい警察署のコンクリートの壁に寄りかかって待機をする。警察官が常時いるため、危険な目に遭う事はない。そもそもやることがないため、ぼーっとするしかない。


「やあお嬢さん」


 どのぐらい経ったか分からないが、誰かが近づいてきた。黒いシャツに白いズボン。真っ白い髪と赤い瞳はアルビノの類だろう。髪は肩に流れているところを緩く結んでいる。ざっくばらんに表現すると、アニメでいそうな顔立ちの良い若い男。ド偏見で申し訳ないが、ホストにいそう。


「ここで何をしてるのかな。暇なら俺と茶でもしないか」


 警察署でナンパ行為をするとは良い度胸をお持ちのようだ。


「いえ結構です。友人達が来るまで待っているだけですので。あと変な事したら、即叫びますよ。キエーって」


 奇声に近いものを例として出した理由は警察官の注目を浴びるためだ。これでいい抑止になるはずだ。


「それは失礼した。また会おう。夜の街でね」


 あっさりと諦めた男は手を振って、どこかに去った。この昼間にこの発言である。どいつもこいつも何かを患っている。


「ひかり! お待たせ! どこかのカフェで飲もう!」


 ユートンさんとサミュエルさんが出てきた。ようやく終わったみたいだ。変な男を記憶から抹消して、彼らとの交流を楽しもう。


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