第32話 バッタリと会ってしまう

 初日のプログラムは英語のテストがあった。基本的な部分を確認して、翌日からは英語を用いたアメリカに関する授業を行う。英語を用いて、教養を身に着けるという、国際教養学部や英語学部などを持つ大学らしいものだ。


「終わったぁ」


 午前中に英語のテストが終わり、自由時間になる。ただし、真っすぐステイ先に戻るように言われている。広い正門でユートンさんと合流して、帰る予定なのだが、数分は来ないので退屈になる。スマホを使う手もあるが、使用料金が海外仕様で高くなるため、使わない。何もしないとなると、自然と欠伸が出てきてしまう。


「あれ。井上?」


 聞き覚えのある軽薄そうな男の声が耳に届いた。確かにその声の男はアメリカに行くと言っていた。そのアメリカは広大な面積を持つ。ピンポイントで会う可能性は相当低い。そう思いながら顔を見上げると、やはり見知った顔だった。


「富脇君。何しにこっちに」

「ダチがここの大学の留学生だからな。遊びに来た」


 シフト決めの時に富脇君は事務所にいたから、短期留学の件を知っている。私も富脇君の渡米のことを知っている。そのため、互いに驚きの反応は薄い。ドラマティックなことは起きず、ただいつも通りの接し方だ。


「異能の研究があるからな。そこで色々とやってるんだとよ。丁度終わるから、ここで待ち合わせ。井上は」

「こっちは初日のプログラムが終わったところだよ。ステイ先にいる留学生と帰るってことで待ち合わせ」


 あと少しで来るはずだと、大学構内を見る。早い走りを見せている誰かがいる。黒髪のポニーテール。ジーパン。ジャケットを腰に巻き付け、リュックサックを背負っている。周囲の人々はそれを見ている。


「ごめん! ちょっと課題をやってた!」


 ユートンさんだった。息を切らしている。


「大丈夫だよ」


 本当に気にしていなかったので、そう伝えた。ユートンさんの視線はどこかに行っている。富脇君だ。


「この人、誰よ」


 そうなるだろうなと思っていた。疑っているような感じではない。面白がっている節がある。


「初めまして。富脇けいと言います。彼女のバイト先の先輩です。以後お見知りおきを」


 茶目っ気たっぷりに、ウインクを付けて、自己紹介をしていた。流石は富脇君。


「ユートン・チェンです。上海から来たの。君も短期留学とかでこっちに?」

「いえ。俺はダチの顔を見に来ました」


 二人とも顔立ちが良いから、どこかのドラマにあるようなシーンみたいになる。暫くは眺めていようと思った矢先だった。


「トミー!」


 オレンジ色に染めたボサボサヘアの日本人男性が近づいてきた。雰囲気は爽やか系で、富脇君をあだ名で呼ぶ辺り、相当親しいものだと分かる。


「お。来た来た」


 富脇君の反応で、この日本人が富脇君の友人であることを察した。


「紹介するよ。堀木翼。ここの工学部に留学してるんだ」

「翼です。よろしく」


 堀木翼。どこかで見たことがあって、聞いたことがあるような名前だ。握手をしながら、色々と考えても、見当が付かない。堀木君はやや嬉しそうだが、見当つかない。


「二人とも時間あるか?」


 記憶を辿る。スミス夫婦は昼をどこかで食べてきて欲しいと言っていたはずだ。時間があると言えるようなものだ。


「あるけど」


 富脇君は笑って、あることを提案する。


「じゃあ行こうぜ。飯食いに」


 そういうわけで堀木君行きつけの店に行くことになった。大学近くにある飲食店街にある店で、研究者や学生などで賑わっている。ハンバーガーの店で小さいものを選んだはずだが、流石はアメリカと言ったところか、サイズの割に大きい。


「まあそうなるよな。俺もそうなった」


 口を大きく開けて食べている私を見た堀木君は笑いながら言った。男でも苦労するような大きさだからだろうか。実際、富脇君も苦戦している。


「そういりゃ誘拐事件起こったらしいぜ。レイド総合大学の学生の二人が誘拐されたって」


 楽しんでいる中、周りにいる誰かの発言で、私達の食事の手が止まる。


「またか」


 堀木君はため息を吐いた。ユートンさんも似たような反応だ。


「ええ。またよ。これ以上出ないことを祈るわ」


 私はとりあえず質問をしてみる。


「警察とか動いてるんでしょ?」

「そりゃ動いてるわよ。けど未だに解決できてないの。学生が戻ってきてるわけではない。ずっと平坦なままで悪化してないことが幸いね」


 最近は治安が悪化している。アメリカも例外ではない。そもそも元から良くないところは良くない。ユートンさんが言うように、悪化していないだけでもマシな方だ。


「今後はそういう保証もないよ。ギャングが入り込んでいるという噂もある」


 堀木君が持っている情報を聞いたユートンさんは笑い飛ばす。やや弱気だが。


「いやぁ。それは流石にないでしょ」


 私もそうであって欲しくない。それは堀木君も同じだ。


「俺もだ。せっかくアメリカに来たってのにお楽しみが潰されるのは嫌だしな」

「それは同感」


 堀木君とユートンさんのグラスが軽くぶつかる。誰だって治安が悪くなってしまうことなんて望んではいない。出来る限り平穏に終わることを祈る。その前にハンバーガーを片付けなければいけないが……どうにかなるのだろうか。いくら何でも大きすぎる。



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