第31話 留学生から怪しい話を聞く

 デザートを美味しくいただき、のんびりと過ごし、ディナーもガッツリと食べて、またのんびりと過ごす。夜の九時頃になり、皆は各自の部屋でリラックスする。マリーさんからそう聞いていたのだが、何故かユートンさんが遊びに来ていた。そして喋り始めた。


「疲れて報われない大学受験は絶対に御断りってことで、私は海外の大学に行くことにしたのよ。お金はたんまりあったし」


 中国の都市部の場合、日本以上に学歴社会だ。大学受験の熱は相当なもので、幼い頃から教育を受けているという記事がある。ユートンさんも似たようなものなのだろう。長く戦っていると疲れてしまう。だからこそ、アメリカの大学を選んだ。


「安いアパートメントで良いって言ったんだけど、父さんがこっちにしなさいとかでこうなった。そりゃ私は一人暮らし経験ゼロだよ? でもね。腹を満たす飯を作ってるの私だし、洗濯とか掃除とかは家事当番だからある程度出来るのを知ってる癖に」


 きちんとした家庭だなと思ってしまうが、ユートンさんが望んでいることではないだろう。はあとため息を吐いたユートンは自分自身を納得させるように言う。


「まあ今だと分かるよ。アパートメントがあるとこ、夜になると危ないし、騒がしいみたいだから」


 そう言えばと思い出す。


「知り合いが夜の街に気を付けてとか言ってたような」


 ユートンさんが教えてくれる。


「うん。安いところは夜の街って呼ばれてることが多いわ。裏世界の住民が怪しい薬とかを売り込むとか。貧困層は少ないけれど、学費が払えないとかで退学になる子もいるし、稼ぐためにやる子もいるからね」


 アメリカは日本以上に学費が高い。返済を全力でやるという人が多いらしい。出来る限り金を稼ぎたいからこそ、安いアパートメント地区の治安が悪くなってしまうのだろう。


「それだけならいいの。昔からそうだし、変なトラブルにはならない。避ければいいからね。けれど最近はそうもいかないって話よ」


 ユートンさんの発言に私は傾げてしまう。


「それはどういうこと」

「ギャング達が売り込みに来てるの。麻薬とか違法ドラッグとか。それだけじゃないわ。誘拐事件が多発してる」


 誘拐事件はエリアを避けるだけでは防げない。被害の数と時期は不明だが、よくないことには変わらない。


「それはまた随分と不穏な」

「ええ。しかも女性だけ。この時代なら男だって誘拐されてもいいでしょ!?」


 いやそこではないようなと突っ込みたいが、話がだいぶ逸れてしまうので出さない。無難に数を聞くことにする。


「どのぐらい誘拐事件があるわけ?」

「ウィンリー総合大学の学生十三人だね。他の総合大学は分からないけど、SNS見てる限り、そこまで差はないと思うよ」


 ここの学園都市の総合大学は合わせて三つある。同じ十三人だと仮定すると、三十九人は誘拐されている計算になる。とても穏やかではない。しかし人口を考えると、微々たるものにしか見えないのだろう。


「半年前からポツポツ出てる感じで、頻度は少ないのよ」


 ユートンさんが言うように頻度が少ないと大学側として問題ないのかもしれない。注意喚起と提携の警備員の配置などをして、学生を守る方針にしているが、どこまで防ぐことが出来るのかが疑問だ。間違いなく、夜の外出をする人もいるだろうから。


「だから短期留学プログラムをこれまで通りにやることにしたのか」


 ユートンさんは肩をすくめる。


「ま。やることは今までと変わらないからね」


 大学のカリキュラムを受けて、ステイ先の家に帰るという生活の繰り返しだ。夜に出かけることをしないようにという通達を受け取っているらしい。そうなると……思ったよりも、自由度は少ないのでは。

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