第27話 鬼族

「申し遅れました。それがしは鬼族のカニシャ。ヒジュラより参りました」

「俺はクレイです。こっちはクーン」

「わおん」


 クーンも挨拶に加わる。かわいいやつめ。

 糸目の父親の名前がカニシャでヒジュラというのは街か村の名前かな。ひょっとしたら国の名前かもしれない。

 忙しいことに糸目がカッと見開き、鋭すぎる眼光に俺の背筋がビクッと伸びる。

 い、一体いきなりどうしたんだってんだ。

 まさかの敵襲? いや、クーンの様子から察するに違うはず。カニシャの察知能力がクーン以上なら話は異なるが……。

 今の俺たちは付与術で感覚を強化していないからカニシャの方が上という可能性も。

 気配を消す能力に長ける人は察知能力もえてして高いからさ。

 しかし、次の彼の一言で杞憂だったと分かった。


「霊獣によほど信頼されているのですね。かんなぎ様は霊格の高さが伺えます」

「あ、あの。かんなぎではなく、最初呼んでくれたようにクレイでいいのだけど……」

「判断に迷い、最初はクレイ殿とお呼びし失礼しました」

「いやいや、逆ですってば」


 行き違いが激しい。どうすりゃいいんだこれ。

 かんなぎの意味を聞かなきゃどうにも。誤解を解くにもまずは認識合わせからだよな。

 今度は俺から口火を切る。


かんなぎとは一体?」

「霊獣と対等な関係にある御使いのことです。貴殿のような」

魔獣使いテイマー? かな」

「ヒジュラの外ではどう呼称しているやら分かりません。ですが、ヒジュラでかんなぎは特別な意味を持ちます」


 魔獣使いテイマーの社会的地位が高いとか、尊敬される、とかだろうか。

 残念ながら俺は魔獣使いテイマーではない。クーンと親愛関係にあるのは間違いないことだけどね。

 考えを整理しているところだったが、カニシャの説明はまだ終わっていなかった。

 

「魔獣使いとは異なります。霊獣に認められた者です」

「認められた、が肝なんですね。霊獣も魔獣とは異なるのですね」

「霊獣はいくつかあります。魔獣と異なり、気高い心を持っています」

「クーンもそうだと」


 クーンが褒められ俺も嬉しい。俺は何も大したことはしていないので、かんなぎ様、とかで来られるのはむず痒いんだよな。

 どうしたものか。彼らとは一期一会だし強く否定するのも大人気がない。

 よってこれ以上突っ込むのはやめよう。

 

「教えてくださり、ありがとうございます。旅の途中とシュシより聞いてます。よい旅を」

かんなぎ様は霊性の森で隠遁生活を?」

「霊性の森……あ、フェンリルの住む森のことですか」

「フェンリルのアカイア様とも交流があるのですね!」


 などと会話を交わし、彼らと別れる。

 この後すぐに再開することになろうとはこの時の俺は思いもしなかった。

 

 ◇◇◇

 

「鹿まで獲れるとは大量だったなー」

「わおん」


 意気揚々と採集から戻り、ハクの様子をチラリと見てから小屋に入る。

 おっと、そのまま小屋の中に全てを持ち込んだわけじゃあない。採集品と角が立派な鹿は軒下に置いている。

 暗くなるまでまだ時間もあるし……ってことで鹿の解体をすることに。

 気が付いたことがあるんだ。

 出刃包丁を付与術で強化するだろ。

 するとだな。

 スパン、スパン。

 なんと出刃包丁で豆腐を切るがごとく解体が進むのだ。

 ちゃんと血抜きもしているし、角も皮もキッチリ分けている。肉はそのまま焼くより熟成させた方がおいしくいただけるのだけど、腐ることを懸念しすぐに燻す。

 燻すといっても香りのよいチップを使ってはいないんだよね。街で仕入れることはできるのだけど、自給自足生活を志す俺としては自分で用意できるものは用意したいと思ってさ。

 いずれチップ作りにも挑戦するぜ。幸い、木や石を切ることは苦じゃない。どれを切っても付与術パワーで豆腐のように切れちゃうからね。

 ふ、ふふ。付与術様様、いや、クーンの魔力様様だな。本当に感謝。

 皮をなめして革にできれば何かとつかえそうなのだけど、残念ながら焼却している。なめし剤は安価で手に入れることができるが、手間が半端ないんだよな。

 毛皮も同じくでこれもまた必要なら街で仕入れるつもりだ。

 自給自足をやるぞ! なるべく自分でやれることをやるぞ!

 と意気込んでも当たり前だけど、全部が全部できるわけじゃない。鍛冶だってもちろんできないので、街で武器や調理器具を仕入れてきているわけだし。

 家は別だ。困難であっても自力で作らなきゃならない。大工をここまで連れてくるわけにもいかないものね。

 なあに、そのための本や釘も仕入れている。先日はトラゴローに手伝ってもらって竈用の屋根だって作ったじゃないか。

 ふ、ふふ。今に見ていろ。素敵な家を作る、いや、建築してみせよう。


「わおわお」

「そうだな。そろそろご飯を作ろうか」


 ご飯と聞いたクーンが千切れんばかりに尻尾を振る。

 クーシーは霊獣の一種で鬼族から尊敬を集めていると聞いたが、こうしてみているとでっかい犬そのもの。

 彼が位の高い霊獣だろうと、野良犬だろうと俺にとっては変わらない。彼がどのような存在であろうが、親友である相棒なのである。

 クーンには肉とリンゴに似た果実を与え、俺はキノコと山菜、肉のスープといういつもの鍋料理にした。

 そろそろハクも起きてくる頃だから彼女の分も含め多めに作ろう。

 竈に火をつけ、さて肉を焼き始めたところで少年の大きな声が耳に届く。

 

「あ、かんなぎ様だ!」 

「シュシじゃないか」

かんなぎ様は聖域に住んでいるの?」

「シュシまでかんなぎ様呼びって。クレイでいいって」

 

 まさか再び会うとは思っても見なかった。鬼族の少年シュシが笑顔で手を振りながらこちらに歩いてきている。

 待ちきれなくなったのか彼が走り始めた。彼の後ろには父親である糸目のカニシャの姿もある。

 父親から言われたのだろう。少年にまでかんなぎ様と呼ばれるのはむず痒過ぎる。

 もう会うことはないと思って、先ほどはカニシャにも言わなかったのだけど我慢できずについ口にした。

 すると、素直な少年は言い直してくれたんだ。

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