第26話 角の生えた少年

 かといって人間だとはいっていない。人間に近いが、明らかに人間ではないのだ。

 ……柄にない語りだった。正直反省している。

 気を取り直してっと。

 渓谷の外は深い森になっており、かなり距離はあるがフェンリルのアカイアが住む大樹の森まではずっと森が続く。

 アカイアの住む森と反対方向に進むと荒地になり、また森になって……と複雑な地形になっている。

 街道の付近は草原だし、少し足を伸ばすだけでいろんな植生を見ることができるのがこの辺りのいいところだよな。

 この辺りじゃなくても似たようなものなのかもしれないけど、渓谷とアカイアの住む大樹の森に関しては他にはない場所だと思う。

 前置きが長くなったが、森でマイタケに似たキノコを採集していたら人の気配を感じ取ったんだ。先に気が付いたのはクーンだったが、俺も相手に気が付かれる前に察知したぞ。

 付与術無しで。

 散歩する時には付与術をかけることは余りない。知覚は強化しておいた方が安全性が増すのだろうけど、なるべく普段の自分でいた方が感覚を鍛えることができると思ってね。

 木の陰に隠れ、こっそりと気配の主を見たら、人間じゃあなかった。

 頭から角が生え人間に比べ八重歯が長く、牙のようになっている。

 藍色の半纏に茜色の帯と上半身は和風の装いで、下は藍色のズボンにブーツ姿だった。真っ赤な短髪で俺の胸くらいまでの背の高さの少年……だと思う。

 少なくとも人間だとしたら少年に見えると表現した方がいいか。人間以外の種族となるとどうにも年齢が分からないのだよな。

 

「わおん」

「うわあ!」


 あ、人懐っこいクーンが角の生えた少年(仮)に向け元気よく吠えちゃった。

 不意に「わおん」を聞いた彼の肩があがり、驚きの声をあげる。

 彼に気づかれぬまま立ち去るか、もうしばらく観察するか迷っていたのだがこうなっては仕方ない。


「こ、こんちあ」

「ビ、ビックリした。でっかい犬だね!」

「クーンというんだ」

「銀色でふわふわしていて、カッコいい!」


 おお、そうかそうか。撫でて良いぞ。

 クーンが褒められると俺も嬉しい。そんなキラッキラな目でクーンを見つめるなんて照れるなあ。

 クーンに乗ったまま彼に近寄り、「触れてもいいよ」と少年に伝えたら、さっそく背伸びして頭を彼の首元に押し付けている。


「ふわふわだ。あ、僕はシュシ。鬼族だよ。お兄さんは人間?」

「うん。俺はクレイ。相棒はクーン。ってさっきクーンの名前は言ったような」


 クーンから頭を離した鬼族の少年シュシは鼻がムズムズしたのかくしゅんとくしゃみをした。

 クーンの毛が鼻に入ったのかもしれない。

 鬼族なら人間と見た目年齢が変わらないはずなので、彼の年の頃は12歳前後ってところか。

 少年が一人、人里離れたところで一体何をしていたのだろう? 俺のように採集に来ていたとしても、近くには村落はなかったような。

 俺が知らないだけで村落があるかもしれないけど……。そういや、猫頭のトラゴローが鬼族の里に行く、とか言っていたから、案外ここから鬼族の里は近いのかもしれない。

 

「クレイさんも見にきたの?」

「ちょうどキノコを採っていたところだよ」


 袋に入れたマイタケに似たキノコ鬼族の少年ジュシに見せる。


「マイタケが採れたの!? すごい」

「この辺りだと結構採れるよ」

「そうなんだ。おいしくて空に舞い上がるほどだからマイタケって名前がついたんだって」

「よかったら持っていけよ」


 ほいっと袋ごと彼にマイタケを渡す。

 まさか俺がぽんと気前よくマイタケを渡すなんて思ってなかったのだろう、手の平に袋を乗せたまま固まっている。

 おーい、彼の顔の前で手を左右にふってみたが反応がない。

 ここはそうだな、話題を変えるべし。


「ジュシ、見にきたって何を見にきたの?」

「ん。あ、ありがとう。本当にもらっちゃっていいの?」

「この繁みの裏っかわに生えてるからこの後採ればいいだけだよ」

「ありがとう! え、えっと、何だっけ?」


 シュシの目は袋の中に釘付けである。

 どれだけマイタケが好きなんだよって話だが、気持ちは分からなくはない。

 俺だって大好きなカップラーメンを出されたら同じように上の空になる自信がある。

 ああ、カップラーメンが食べたくなったきて。今はもう叶わぬ夢。カップラーメンよ、君は儚き夢。

 クレイ、心の中のポエム……しょぼすぎて自己嫌悪に陥りそうだ。

 一人沈んでいたら、シュシから声がかかる。

 

「僕にはよくわからないんだけど、聖域の様子を見に行くとかで」

「俺にもよくわからないな……聖域ってなんだろ」

「父上に聞いてみてよ」

「一緒にきているの?」

 

 そうだよ、と彼は頷く。

 そうかそうか、ホッとしたよ。少年一人で散歩していたわけじゃなかったんだな。

 人里を離れるとモンスターに遭遇する確率もあがる。森のように食糧が豊富な場所なら尚更だ。

 その時、クーンの耳がピクリとする。


「シュシ、離れるなと言っただろう」

「父上」

 

 声がするまで全く気が付かなかったぞ。いや、声とともに影が現れ、影に色がつき鬼族の姿となった。

 高度な隠匿術を持ったこの人がシュシの父親らしい。

 シュシと同じ赤色の髪を短く刈り揃え、鋭い糸のような目で眉がない。額からは息子と同じ角が生えていた。

 服装は市松柄の半纏に黒いズボン、腰には小刀を佩いでいる。スラリとした細見で、身軽そうな印象を受けた。

 俺を見るなり彼は深々と頭を下げ、お礼を述べる。

 

「クレイ殿、シュシを見ていてくださりありがとうございました」

「たまたまシュシと出会っただけで俺は何も」

「シュシのために、かんなぎ様自ら出向いてくださるとは。恐れ多く……」

「たまたま、本当にたまたまだから」


 かんなぎってなんだろ。あ、分かった。巫女みたいなものか。

 神の声を聞く人だっけ? 僧侶クレリックならともかく俺は付与術師だぞ。

 神聖さのかけらもない。もしこの世界にカルマみたいなものがあったとしたら、マイナスカルマな俺だぞ。

 善行を積むなんてことを欠片もしてないからね。

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