第28話 分かってる、分かってるぞ

「分かったよ、クレイさん。うわあ。いい香り」


 子供らしく彼の興味が次々に移る。

 ちょうど肉を焼いていたところだったから、香ばしい匂いが漂ってきていた。匂いをかいだから俺の腹も悲鳴をあげている。

 当然といえば当然の反応だよな、うん。

 彼に続き父のカニシャも竈のところまで到着するが、走っていたにも関わらず足音がしないことに内心驚いていた。

 俺の驚きとは異なるところで彼もまた戸惑いを隠せない様子。

 

かんなぎ様、これは一体……?」

「ここは常に虹が見えるし、何より温泉があるから気に入って住んでいたんですよ」

「そうではなく……その」


 どうも彼の歯切れが悪い。森で会った時はよどみなく俺に説明をしてくれた。

 彼の戸惑いがどこから来ているのが判断がつかないんだよな。俺がここで暮らしていたことに対して? だったら、言い辛そうにすることもないよね?

 間が悪いのか、良いのか、ハクが家から出てきた。

 彼女を見たカニシャは平伏し、父の動きを見たシュシも彼の真似をする。

 

「ハク様! ご無事で……何よりです!」

「ハクは元気。クレイもいる」

かんなぎ様のお力で聖域も?」

「そう。ハクはクレイに『逃げて』と言った」


 ハクとカニシャのやり取りで察したぞ。

 鬼族の里(仮)ヒジュラとハクは過去に交流があったのだと思う。ハクは長雨で渓谷で土砂崩れが起き、俺の小屋も含めて大惨事になることを予見……確信の方が適切か、確信していた。

 ん、あ、繋がったぞ。元々、鬼族は虹のある渓谷に住んでいたんじゃなかろうか。

 それで、いずれ渓谷に大災害が起こるので移住した。ハクはこの地から離れられない何らかの理由がありこの場に残る。

 いよいよ、渓谷が崩れる時を過ぎ、カニシャが様子を確かめにきたところ、渓谷がそのままの姿で俺がのんびり肉を焼いていた。

 どうだ、この予想は。

 

「カニシャさん、ハク」


 自分の推測を二人に伝えてみたところ、概ね正解だったが一部違う。

 ハクと鬼族の里ヒジュラは旧知の仲で、彼女が渓谷が崩れることを彼らに伝え、渓谷に住んでいた鬼族はヒジュラに移住した。

 ここまでは俺の予想通り。

 違いは彼らが移住した時点ではいつ渓谷が崩れるのかの具体的な日付は分かっていなかった。

 ヒジュラの星読み師なる人が長雨で渓谷が崩れる日を予見したので、カニシャが様子を見にきたのだと。ハクはハクで運命の日が近くなり、長雨で崩れる日がいつか見えたのだって。


「ふむ。完全に理解した」


 我、意を得たりとしたり顔で親指を立てる。

 (わかっていない)って落ちではないから安心してくれ。


かんなぎ様のお力、御見それしました」

「クレイさんが災禍を止めたんだね!」

「あ、うん……」


 確かに長雨で崖崩れが起きそうだったところを崖に付与術をかけたのは俺だ。

 しかし、尊敬のまなざしを向けられるとむず痒い。気恥ずかしいというより後ろめたい気持ちが勝つんだよな。

 ハクのことは頭にあったけど壁に付与術をかけた時だって自分のことしか考えてなかったから。


「俺よりクーンの働きが大きかったんだよ」


 視線に耐え切れず、クーンの背中をぽんと叩く。

 ふふ、カニシャ親子の目線がクーンに向いたぞ。特にシュシはきらっきらで目に星マークが浮かんでるんじゃないかって思うほど。

 一方ハクはクーンの首元に手を置き、彼を撫でぼそっと声を出す。


「クーンの力も、ある」

「そうだよ。クーンの魔力があってのことだったんだよ」

「クレイ、アナタの想いがあって」

「付与術をかけたのは俺だけど……」


 なんかまたこっちに視線が戻りそうなので、別のことをしてこの場を誤魔化すことにした。

 そもそも俺は何をしようとしていたのかを思い出して欲しい。

 そうなんだ、腹が減って仕方ないのだよ。肉を焼き始めたところでシュシがやってきたから、料理も途中だったのだよね。

 

「食事にしないか? ほら、食事も想いだろ」

「うん、クレイの想い受け取った」


 ハクはよく「想い」という言葉を口にする。受け取ったものが何であれ、彼女は渡した人の気持ちを大事にしているってことの証左だと思う。

 口数が少ない彼女だけど、相手の気持ちを慮ることだけは忘れない。

 

「シュシも手伝ってくれないか?」

「うん! 何をすればいいかな」

「そんじゃあ、そこのマイタケを適度な大きさに」

「マイタケ! やったあ」


 シュシをこちら側につければカニシャも断るまいて。なんたる策士。

 こうしてこの場にいる全員で鍋を囲むことになった。

 

「ハク様、かんなぎ様、我らも聖域に戻ってもよいでしょうか?」

「俺はそもそも、後から勝手に住み着いたわけだし。ハクはどうだ?」


 鍋をつつきながら、カニシャが尋ねてくるも俺にはなんとも。

 ハクに話を振ると彼女はコクコクと頷き、問題ないと返す。

 災害もやり過ごしたし、彼らが戻らぬ理由もないってわけだな。


「そういやハク。今回のような雨はめったにないことなの?」


 俺の問に対し首を横に振るハク。

 定期的に長雨がくるのね。崖崩れが起こるかどうかは別の話だろうけど……。


「今回のように崖崩れが起きる時は分かるのかな?」


 今度は首を縦に振るハクである。

 分かるのだったら安心だ。

 お、いいことを思いついたぞ。崖崩れを防ぐには防波堤的なものを作れば良いんじゃないかってね。

 かといってどこを工事したらいいのかも、工事のやり方もよく分かっていない。

 そこで、ハクの力が生きてくる。彼女が崖崩れが起こるのが分かるのだったら、工事をした結果も分かるってことだろ。

 工事箇所が悪いのか工法が悪いのか分からないところが痛いが、指針があることは大きいぞ。

 

かんなぎ様のお力があればどのような災禍とて」

「いやいや、みんなで力を合わせて」

「できうる限り、我らも」

「僕も!」


 よおし、と拳を上にあげるとシュシものってきた。

 そのまま二人でハイタッチをして笑い合う。

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