第11話 誰にも会わないふたり

あまりの注目ぐあいに何かしら火がついたのか、女将はメイに少し待っててほしいと言って部屋を飛び出し、先程よりもずっと早く数着の色違いの布を持って戻ってきた。

「まあ!こっちの色もいいですが…こちらはいかが?」

「可愛い……」

「でしょう?!ええ、ええ!わかっていただけると思ってました。こんなお若いお嬢さんがいらしてくれるのも久しぶりで……あっ、浴衣はすべて私のデザインなんです。こちらの桜柄と花火柄ではどちらがお好み?」

「はなび?」

メイもルガもきょとんとした。

ピンク色と白の濃淡の花が『さくらがら』で、ビロンと伸びたのと滴が不規則にクルクルしてるのが『はなびがら』というものらしい。

花は望めばいくらでも自然の物を見ることができたので、聞き覚えのない『はなび』という方を選んでみる。

「おお~」

それは簡易的な宿泊施設として機能する場所としては十分上質な物で、そのまま外出しても差し支えないほど綺麗な模様が描かれている。

もっともメイもルガも『浴衣』という着る物も知らず、着方も知らず、されるがままに着つけてもらったのだが、裏表色の違う帯を可愛らしい蝶結びにしてもらって満足した。

いつもの服よりもお腹の周りがキュッと締められている感じがするが、緩いはずの『浴衣』は綺麗にメイの体のラインを描き、ルガの言う通り「ちゃんとしている」のだ。

濃淡の藍地に映える『はなび』だが、それが何かはまったく理解できないのだけれど。



ニコニコ顔の女将に案内され、ルガの鎖を引っ張りながら歩くメイは部屋を出るようにと言われ、何故か広い部屋に案内された。

『食』と『堂』という漢字が書かれたプレートを見上げたルガとメイはまた頭を捻ったが、テーブルと四脚の椅子がいくつか据えられ、そのひとつに食事が置かれているのを見てようやくここはご飯を食べる部屋らしいと理解する。

「だけどここには薬草がないな」

「そうね。美味しそうな匂いしかしない」

ルガとメイが首を傾げる。

何せユルヴェストルの家では食事をする所と勉強する所、そしてユルヴェストル自身が薬草を乾燥させて保管している場所は全部同じ部屋で、いろんな匂いが混じっているのが普通だからだ。

宛がわれた部屋でそんなことを思わなかったのは、『食時の場所と寝室は分けるべし』というのがユルヴェストルの考えと教育方針だったためで、おそらく部屋食であったならそれはそれで二人は変に思っただろう。

だいたいこういうちゃんとした宿に部屋を取れることはあまりなく、できたとしてもちゃんとした食事ができることなどほとんどない。


しかし──


「美味い」

「うん、美味しい」

普通に、美味かった。

普通に、白米と、味噌汁と、魚と、肉と、何かの野菜と──

何も言わなかったのにビールが一緒に出されたが、メイとルガは顔を顰めてズッと自分たちから遠ざけて普通の食事だけを綺麗に平らげる。

ルガはこちらを窺う視線と共に「チッ」という音を聞き取ったが、メイがその小さな口にちょっとずつ料理を運ぶのを見て、自分も無視することに決めた。



食事を終えたのに今度は女将すら出てこず、どう下げればいいのかわからなかった二人は食器をそのままに席を立ち、メイを先に立たせてジャラジャラという鎖の音を響かせ、メイとルガは廊下を歩く。

パタパタという軽い音はツルンとした材質の『スリッパ』を履いたメイがたてる音だが、ルガはいつも通り裸足で薄いカーペットの上ではまったく音がしない。

そんな二人が進む先が薄暗いのは、所どころ電灯が切れているせいだろう。

食堂でも誰にも会わなかったが、この旅館には他に泊り客はいないらしい。

それであんなに驚いて飛び出した女将が、『浴衣』に興味を持ったメイの体に似合う浴衣を選んで当てる時間を楽しんでいたのだろう。


たまにはニンゲン相手に良いことをした。


「それにしても、ほんとに誰もいないのね」

「そうだな。しかもちゃんとした食べ物が食べられた」

「変ね」

「変だ」


じゃらり。

じゃらり。


ぱたん。

ぱたん。


そんな音だけが、誰もいない建物の中に響く。



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