第10話 装うふたり

人化して知能や知識は獣化している時よりも人に近いが、所詮は異文化。

そしてルガはニンゲンの常識を習う前に群れからはぐれてしまったため、彼らが当たり前に持つ『羞恥心』というものが理解できない。

つまり──

「失礼しますよ」

そう言いながら遠慮なく入ってきた旅館の女将は、温風で髪を扇のように吹き荒らされる少女の後ろで、素っ裸で首輪をつけた大男が襲いかかろうとするような姿勢を取っているのを目撃した。

「キィヤァァァァァァァァァ────ッ!!!!」

「なぁに?」

「さあ……?」

耳をつんざくような悲鳴を上げて女将が部屋を飛び出すのを見て、楽しそうに髪を乾かされていたメイと、服を着ることもなくまだ温風を吹き付けているルガがキョトンと顔を見合わせる。

「あ、乾いた」

「ほんとだ」

遠慮なく放った風魔法のおかげで髪どころかパジャマの背中まで乾き、とにかくメイの背中のラインが露わになることはなくなった。

そこでようやくルガは服を着たが、それはメイのような就寝のためのものではなく、いつも通りのボロボロのシャツとズボンだ。

「……どうして綺麗な服を着ないの?」

「どうして綺麗な服を着ないといけないんだ?」

何故だろうと思ってメイが尋ねると、さらに何故だろうという顔でルガが問い返してきた。


服など何でもいいだろう。


むしろルガにしてみれば、すぐ汚れてしまうのにいつも綺麗な服を着たがるメイの方が理解できない。

そう思うのはルガが初めに遭ったニンゲンは、ほとんど見た目が変わらない『うごくいえ』にいた男たちと魔法で服も自分自身も住んでいる家すら綺麗にしてしまうユルヴェストルで、メイと一緒に放り出されてからは同じ人間と長期一緒にいることなどないため、他人が毎日どんなふうに生活しているのかなど気にしたことがないからだ。

それでもせっかく清潔な布団で寝れるのだからいつもの服で寝るのはおかしいと、メイは着方のわからない変な布をルガに突き出す。

「……何だ?コレ」

「さあ?あ、何かこれに書いてある……けど、意味わかんない」

ひらりと『浴衣の着方』と書かれた紙が落ちたのを二人で眺めたが、読めない漢字のある説明文に首を捻り、しかしそこに描かれた目鼻のない人型が布を広げたり前に持ってきたり、さらに矢印が書いてあるのを見て試行錯誤する。

前身衣の合わせ方などはイラストの通りにできたものの、帯を締めるちょうどいいキツさのような細かいところまで書かれているわけでもなく、ルガが腰に巻き付けた状態で思いっきり引っ張ったせいで千切れてしまったりなどハプニングがあったものの何とか見える形にはなった。


ようやく気を取り直したらしい女将が澄ました顔で再びメイとルガの部屋に現れた時には浴衣姿であったためホッとした顔をされたので、これが正解とメイは自分の手柄のようにフンッと胸を張る。

「……コホン…先程は大変失礼いたしました。この旅館の女将です。お夕食の準備ができましたので、よろしければ食堂へどうぞ……あ、その前に」

「ん?」

見た目はメイよりずいぶん上に見える女将が必要なことだけ言って出て行くのかと思ったら、おもむろにルガの方へにじり寄ってきた。

どう見てもただの人間・・・・・で、もし何かやらかそうとしてもルガの力でどうにでもできそうだと女将の手が腰に伸びてきても、特に警戒はしない。

とはいえ、せっかくメイと2人がかりで何とか縛り付けた帯を解かれた時は一瞬ギョッとしたが、スッと赤らんだ顔を逸らしながら手早く帯を締め直してくれたのを見て、思わずルガは「おお~」と関心の声を上げる。

「え?何?どうしたの?」

「すごいぞ!メイ、服がグニャグニャしないし、何かちゃんとしてる!」

「え!すごい!あたしも着たい!」

「ええ、よろしければ着付けいたしましょう……あっ」

たかだか旅館に備え付けられていた物ではあるが、身に付けたことのない布が『あるべき形』で自分の身に寄りそっているのは案外悪いものではないとルガは感心し、メイも急に関心を寄せる。

褒められて嬉しくないわけはなく、しかも若い娘さんではこういった伝統的な物を身に付けたことがないのかもと女将は親切心で申し出たが、その言葉に頷いたメイはそそくさと着ていたパジャマを脱ぎ始めた。

同じ部屋に宿泊するとはいえ男性の前で若い肌を晒すなどと女将は慌てたが、当の本人は──それはメイもルガもどちらもだが──まったく性的な興味などを浮かべることなく、いうなれば三歳児が着替えさせてもらうのを待つかのようにあっという間にショーツ一枚だけになる。

髪の色は同じだが、その質も肌の色も顔つきもまったく違うふたりを恋人同士かと思っていた女将が、もしかしたら片親の違う兄妹かと思い直すほど、メイもルガも単純に女性用に作られた浴衣を好奇心溢れる目で見つめて、着せてくれるのを両手を広げて待っていた。



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