第6話 ミカンの思い出

 この国に来た時には無かった建物が、胸を張って悠々と立っている。対して、私は荷物の重みに耐えられず、地面に突っ伏しかけている。山道ですら歩き慣れているのに、足が棒のようだ。

「ああ、空がこんなに遠い・・・・・・」

「よかったな、もうすぐ関所に着くぞ」

 遠いからか、それとも関所自体小さいからなのか、豆粒のような大きさだ。

「ほら、馬車がもう来てるぞ」

 話しかけてくれるのはありがたいが、掛け声かうめき声しか出せないのでほっといてほしい。

「・・・・・・あれ、もう着いた」

「すぐだって言ったろ」

 単純に、関所が小さかっただけだったらしい。

 来た時と同じ人と馬が迎えてくれる。

「久しぶりですね! 今回もタダでいいですよ!」

「いや、だから」

「さあ、荷物乗せてください!」

 馬が鳴いた。

 ペンキ缶とバカみたいな大きさの木材に囲まれて、私は荷物の気分を味わっていた。

「今回もタダです!」

「話を聞け」

「ご利用ありがとうございます!!」

「聞けって」

 所長は値段交渉中らしい。

 カバンの中身を漁ると、ロスからの手紙が真っ先に落ちてくる。それからライター。タバコの箱。これは空っぽだ。

 手紙はまだミカンの香りがした。

「・・・・・・」

 昔、ロスがミカンを城から持ってきたことがあった。あれが初めての果物だったような気がする。あの日の冬空はよく晴れていた。

 ロスが言っていた。

「柑橘類・・・・・・これみたいな果物の、汁には色がないだろ? でも、火で炙ると色が付くんだ。本で読んだだけで、やったことはないんだけどさ」

「焦げるの?」

「さぁ」

 彼も知らないことがあるんだな、と思ったことを覚えている。

 馬車の隅に縮こまって、ライターに火を灯した。手紙の、何も書いていないところを炙ってみる。

 確かに、焦茶色の文字が浮かび上がる。ロスの筆跡だった。

『七月二十三日に城に来い』

 長ったらしい許可証とは逆で、一行のみ。わかりやすいんだかわかりにくいんだか。

 一体全体、ロスは何がしたいんだろうか。彼も、罪悪感とか倫理観とかはあるはずだが、太陽に誓ってまともじゃない。何かしら、やろうとしているのだろう。

 手紙を三つ折りに戻して、ぽいぽいとカバンに入れる。

 荷物をかき分けて、前の方に行った。日差しが眩しい。

「・・・・・・所長、まだですか」

「もう着くぞ。お前、時計とか持ったらどうなんだ」

 目が慣れると、本当に十字路あたりだった。この分ならすぐに造船所にも着くだろう。

「ところで、タダかタダじゃないか議論は」

「タダですよ!」

「払う!」

 結局、半額払うことに落ち着いた。

 私は表口に勢いよく飛び込む。

「ただいまー!」

「よお、おかえり! これからバリバリ働けるぜ。お前らがいない間、死ぬほどサボったからな!」

 あ、後ろ・・・・・・。

「それなら、最初に荷物を運んで、それから説教だ」

「おかえりなさい所長・・・・・・」

 全員の顔が真っ青になった。そんな彼らの傍を抜けて、港へ向かう。

「ああ、おかえりなさいフレアちゃん・・・・・・ほら、タラッサ、挨拶してにゃ?」

「久しぶりタラッサー!」

 釣具屋さんが抱えているのは黒猫。かわいい。タラッサは返事もせずにフイとそっぽを向いた。

「嫌われてる・・・・・・」

「相変わらずね。フレアちゃんが暇になったら、釣りでもしようね」

「はい・・・・・・」

 しょぼしょぼと肩を落とす。振られてやんの、とヤジが飛んだ。

「働かされてやーんの! 私は頑張って荷物運んだから、今から休憩できるんですー!」

「くそったれ!」

「あと、きみらがアレをカバンに入れたこと、所長にもバレたからな!」

 やべえ、まずい、と慌てふためく様は滑稽で仕方がない。高笑いをすると、鬼だの悪魔だの罵倒してくる。

「残念でした! おやすみ!」

「恨んでやる! おやすみ!」

「おやすみフレア!」

「俺も寝たい! おやすみ!」

 上着を準備室の横にかけて、寮へのドアを開ける。疲れすぎて、ドア、廊下、裏口のための廊下、廊下、会議室前の廊下、廊下、寮の最奥の自室、これら全てが腹立たしい。

 目を擦り、会議室の前を通る。

「あれ? 人がいる・・・・・・」

 見知った人も、知らない人も、長机を囲んで何やら話している。

 そういえば、所長が会議室を貸し出していると言っていた気が。普段は全く使われていないし、使う人に使ってもらったほうがいいだろう。

「──王冠────税──」

「王は────前王────」

 ああ、ロスのことか。それは街中で話すわけにはいかない。

 あくびをして、自室へ進む。

「──のことを考えていないですし────」

 ドアを開けて、入って、閉める。

「隣国のように────」

 鍵をかける。

「────はいら──」

 事実であっても、聞くに耐えない。頭から布団を被った。

 今日は、明日の筋肉痛の心配だけをすることにしよう。

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