第5話 芋料理とペンキと商店街

 スープを飲み干すと、口いっぱいに幸せな味が広がる。

「おいしーい」

「当たり前だ、なんてったって俺の故郷のものだからな」

「でもなんで全部芋が入ってるんですか?」

「そういうものだ」

 そういうものか。芋スープ、芋サラダ、焼いた芋、砂糖のかかった芋、挙げ句の果てには芋の飲み物。大きな窓から差し込む光が、食べ物たちをおいしそうに彩っていた。開け放たれた入り口近くをよくよく見ると、看板の装飾も芋のような色形をしている。

 ここに着いたときはお昼時で、とにかく人が多かったのに、もうほとんどの人が食べ終わって仕事に出ていた。

「おいしかったよ! いつもありがとうな!」

 さっき話していた人もまたひとり、ドアから出て行く。あっという間に店は私と所長とエマさん(所長の奥さん)だけになってしまった。

 カウンター越しに彼女が目線を落とし、柔らかい声で話す。

「フレアちゃんごめんなさいね、わざわざ遠いところから来てくれたのに騒がしい人たちばっかりで」

「いえ! 造船所もだいたい同じです!」

「言ってやるな。・・・・・・俺は向こうでも楽しくやってるよ。ひさびさに旧友とも話せて良かった」

 所長は手を伸ばして、カウンター裏からタバコを取り出した。さっき没収されたのだ。懐からライターを取り出し、渡す。

「あなたまだ吸ってたの?」

「向こうで吸うと高いんだよ」

 そう、エクリプスだと違法だ。それならなぜアイツらはこんなもの持っていたんだろうか。

「・・・・・・所長もアイツらもワルだったんだ!」

「違う」

 まだだいぶ残っていたのに、彼はタバコを灰皿に押し付けた。もったいない。

 カランコロン、とベルが鳴った。ドアの方だ。

「あら、リーベちゃん、いらっしゃい」

 リーベと呼ばれたその人は、私より少し年上のようだった。こんな時間まで仕事していたのか。こんにちは、と挨拶をすると、笑顔で返してくれた。緑の目も、絹糸みたいな金髪も、とても綺麗だ。上着を脱いで、彼女もカウンター席に座る。

「・・・・・・あれ? おじさん、帰ってたんですか」

 リーベさんに呼びかけられ、所長は驚いたように言った。

「エマ、言ってなかったのか? ・・・・・・少しの間泊まってくだけだ。ああ、そうだ、隣のはフレア。造船所で働いてる。フレア、こいつはリーベ。ガキの頃に面倒を見てたんだ」

 だって急に決まったんだもの、と言うエマさんを横目に、簡単な自己紹介をする。

「初めまして、フレア・カーペンターです。さっき所長が言ってた通り、一緒に働いて船作ってるエクリプス人だよ!」

「よろしくね。私はリーベ。ポリーテイアー人だよ。多分見たと思うけど、外の建物、酷かったでしょ? それの修復作業をしてるんだ」

 そう言って、彼女は上着を見せてくれた。カラフルなペンキなので、汚れが汚れと思えない。

「見た! 色もいっぱいで、可愛くて素敵だなって!」

「でしょう! ここの看板も私が塗ったんだよ!」

「へぇー! すごい!」

 私も船にペンキを塗っているが、上手くなるまでに何年もかかった。やっぱりポリーテイアー人は天才肌が多いのかもしれない。そんな感じで話に花を咲かせていると、エマさんが焼いたパンを持って来てくれた。

「はい、リーベちゃん。いつものどうぞ。それとフレアちゃんにも、サービスだよ!」

「パンが白い!」

「パンが白い?」

 あー、と納得したように相槌を打って、所長が説明してくれる。

「ポリーテイアーでは白いパンなんだ。材料がちょっと違うからな」

「そうなんだ・・・・・・」

 本当に、知らないことは山のようにある。実際、身近な食べ物のことでさえ知らなかった。

 リーベさんが尋ねる。

「じゃあ、エクリプスのパンは何色なの?」

「うーん、これと比べると・・・・・・」

 黒か茶色かな、と言うと、彼女は信じられないという表情をした。

「・・・・・・焦げてたり、しない?」

「多分・・・・・・」

 所長はゲラゲラと笑った。両国のことを知っているんだから、彼が話したほうが絶対に早い。白いパンを口に入れる。おいしい。

「面白いね! ねぇ、もっとフレアの国のこと聞かせてよ」

「もちろん! ええと、エクリプス人はお堅くて約束を破らないって言われてるけど、アレは嘘だよ。みんなルール守らない。その証拠に、タバコが違法なのに持って来ちゃった」

 ほら、と所長を指差す。いつのまにか灰皿には、三本のくの字みたいな吸い殻があった。

「え、タバコ違法なの? 昔はタバコ税高かったけど、今はほぼ無いからみんな吸ってるよ」

「やっぱり色々違うんだ! この国にも何かあるの?」

 彼女が、聞いたことあるんだけどね、と前置きをする。

「そっちは海が近いから、野菜とか果物とかあまり育たないって」

「そういえばそうだね。城の近くくらいしか見たことないや」

 兵士たちの宿舎前に畑があったし、城内にはミカンの木も生えていたはずだ。ただ、造船所近くには店しかない。

「ここの土地は豊かなんだね」

「ふふ、来たくなったらいつでもどうぞ?」

「いや、いいよ。エクリプスでやりたいことがまだまだあるんだ」

「それはいいことだね」

 そう言って、リーベさんはまた笑った。

 所長は箱の中身を半分吸い終えたところだった。

「所長、これからの予定は?」

「まず、商店街に行って、木材を買う。一回戻ってきて、それを置いてからペンキ屋だ」

「はーい」

 リーベさんに手を振って、ゼダウコッフを出る。ちなみに、着替えやら何やらの使わない物は、店(エマさんの家でもある)に置いて行った。

 城を見ると、時計は二時半過ぎ。ポリーテイアーに来て、城に時計が付いていることにも驚いた。鐘で時刻を知らせる仕組みはエクリプスにも欲しい。

「商店街って、どの辺にあるんですか?」

「城の向かい側あたりだな。城下がそのまま店になったようなもんだ」

「建物は壊れてないんですか? 内乱があったのはここも同じでしょう?」

「ああ、壊れた。だから作り直されたんだ。まだ未完成だからな、エクリプスのものと比べると小さい」

 ふーん、とか、へー、とか、言っている間に色とりどりの商店街に着いた。確かに見慣れたものより小さいが、それでも活気がある。

「変な奴には着いて行くなよ」

 店の前では、呼び込みをする人たちが並木のように立っている。

 靴、薪や木炭、服、石けん、薬らしき葉っぱ、ランプ、本屋、花束、色が鮮やかな瓦礫、お酒、占い、机や椅子、食器、鍵、もちろんタバコも。近くを通るたび、宣伝が延々と続く。

「そこの外人さん、この青いリボンには神秘の力が宿っていて、身につけているとあなたに勇気を与えてくれますの」

「青色・・・・・・わかってるじゃん!」

「フレア!」

「なあ嬢ちゃん! 俺と賭け事でもしないか?」

「勝つか負けるか二分の一! つまり五〇パーセント! 四捨五入すれば勝てる!」

「賭け事に四捨五入は無い! 何でそんな言葉を知ってるんだ! やめろフレア!」

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