プロローグ第0.5話 one who is destined to be

 たった一つのベンチがなくなってバス停看板の下が少し賑やかになっただけで、昨日の事故の前から、大きく変わった箇所は見受けられなかった。バスも普通に運転するらしい。助かる。昨日は結局お父さんに電話して、少し離れた道から車で送ってもらった。

 早めに出て助かった、とその時に思ったけど、早めに出たからあの事件を目撃したのだ、と思うとやるせない気持ちになる。


 本当にショッキングな出来事だった。目の前で人が死んだ。それもかわいい女の子が。一生もののトラウマになりそうな出来事だったけど、どうやら私はかなり図太いらしい。始まったばかりの高校生活をエンジョイしようと、今日もバス停へと足を運んだ。昨日事故が起きた場所だってのに。

 ちょうど前のバスが行ったばかりなのだろうか、人は誰もいない。バスの時刻を把握しておかねば。うっかりしてたぜ。


 …………それにしても、

「かわいい女の子だったな」

 せっかく少し暇なので妄想に耽る。不謹慎だけど、私の趣味に合う、素敵な女の子だった。背は私よりちょっとだけ低くて、髪は少し茶髪なストレート。美人、というよりかは、少し無邪気な感じの可愛げのある…………そうそうちょうどこんな感じの顔で……………………。

 

…………!

…………!


 二回、驚いた。

 急に隣に人がいたこと。

 その人は昨日死んだ女の子と全く同じ見た目だったこと。


 ま、まて、落ち着いて……、……?え?何?どゆこと?結論がでない。

 その子はまっすぐ前を向いて、バスを待っているようだった。

 ?わからない。実は生きてたとか?いや、私はその子のお腹の中から、よくわからないブ二ブニしてそうなものが宙を舞うのを見たし、『息をしてない!』と誰かの叫ぶ声も聞いた。実は生きてたにしても、包帯も何もなしで、次の日から日常を謳歌するのは不自然が過ぎるだろう。

 じゃあなんだ?よく似た別人?双子の妹?それとも…………


 「…………幽霊?」まさかね。


 その子の目が私を捉えた。やば、声に出てた。どうしよう、見つめてくる、怖い。今、普通に失礼なことを言った自覚はある。ひぃ、謝らねば。


 「えっと、そ、その……ごぉ、mぇ「あの……バス来てますよ。」

 「え?あ……ほんとだ」


 前の女の子に謝ろうとしたら、いつの間にか後ろに並んでいたサラリーマンっぽい人に遮られた。バッドタイミングだぜ、バス。

 まぁでも結果オーライ。私は恐いので、とりあえず(横入りされた形になるが)前の子に乗ってもらって、私はその後、なるべく彼女と離れたところに……………………

 …………なかなか乗らないな。

 「あの、バス乗らないんですか?」サラリーマン再登場。

 「ぇ?」前のやつに言え……ん?まてよ、


 そこからの私の頭の回転は速かった。

 ①さっきから後ろの人は、位置的に一番最初に乗るはずの彼女ではなく、私にバスに乗る催促をしている。

 ②つまり後ろの人は前にいるこの子を認識していないと思われる。

 ③ということは彼女の正体は他の人が認識していない存在(幽霊や幻覚)である可能性が高い。

 ④つまり私は彼女の順番を抜かしてバスに乗るべきなのだ。

 ④の結論に至るまでの時間、僅か0.03秒!……いや計ってないから知らんけど。


 さて、そうと決まれば早くバスに乗らなければ。私がバスに乗らない事で今、色んな人に迷惑をかけている。

 できるだけ早く定期を取り出し、多分自分史上最速を出してバスに乗り込んだ。

 ふぅやれやれだぜ…………あれ?

 なんとなく窓の外を一瞥したらまだその子がいた。さっきのくだりで彼女は全うに人間してる存在ではないことが分かったので、てっきり目を離したら消えるような怪異的なものだと思ってた。


 下から見上げられるのも背徳感があっていいな、なんて考える暇もなく私の視線はその子の唇にくぎ付けにされた。……なんか表現が卑猥な感じがするなぁ。あれよ?ちゅーしたくなったとかじゃないよ?

 彼女の口元(さっきもこういえば良かったのかな)が動いている。結構大胆にゆっくり動いていて、恥ずかしいのか、少し赤面しているようにみえる。かわいい。

 おっと、そんなことはどうでもよくて、向こうがコミュニケーションをとろうとしている!問題解決のためにもこのことには真摯に対応しなければ。彼女が羞恥心を多少犠牲にしてくれたおかげで、別に読唇術を嗜んでいない私でも母音くらいは分かりそうだ。


 えーなになに、

 『あ・あ・い・あ・う・う・え・い・え・「発車しま~す」


 おい!バス!もう少し時間にルーズに生きろや!さっきこのバスに乗ってる乗客全員のスケジュールを1分遅らせた女だ。面構えが違う。……ごめんなさい。

 まぁ、仕方ない。今、大事なことは狂人になってバスを止めることではなく、あの子がなんて言っていたのかを推理することだ。

 うーん、普通に分からない。私の無かったら困るものランキングの上位に「子音」が追加された。


 もっと「ろじっく」に考えてみよう。そうだな、私が初対面の人と話すとき、まず何を言おうとするだろうか。今パッと思いついたのは二つ。そのうち、落とし物の報告について、私は特に何も落としていないので思考を省略。なのでもう片方の案、自己紹介をしようとしていた、の線で考えてみよう。


 自己紹介というと、まず名前を言おうとするかな。……え、母音の発音だけで名前を当てろゲーム?無理すぎる。……いや、ちょっと待てよ私、さっきの状況でまず名前を言おうとするか?あの子が常識のある子なら、正体不明の自分が何者なのか説明してくれるべきではないだろうか。欲しい自己紹介を挙げるなら、「私はスタンド使いだ」とか言ってくれると、いろんな疑問に納得できるんだけど……。

 ん?「私は」?私は、わたしは、ああいあ、「ああいあ」

 おぉ!最初の四文字にぴったりはまるぞ!これはもう彼女は自己紹介をしようとしてた、と確信していいだろう。


 さぁ、そうと決まれば重要なのはここからだ。

 結局彼女は何者なのか、その核心に迫れそうだ。本人曰く「ううえいえ」らしいけど、途中から分からなかったし、これはあまりあてにできなさそうなヒントだ。うーん、ヒント……何かなかったかな、何か変だったところ。存在が変だって言われたら何も反論できないんだけど。


 『…………幽霊?』


 なんとなく思い出したさっきの自分の発言。何か、 正解を引いたような感覚がした。幽霊、ゆうれい、ううえい…………『ううえいえ』……、


 (わたしはゆうれいです)


 文字を一つ付け足して、私の達した結論はこれだった。

 そうか、彼女は幽霊だったのか。感想はそんなもんだった。それ以上に、二つの疑問が、私の頭を占拠したからだ。


 なぜ彼女は幽霊になったのか。なぜ私は、彼女の姿を見れるのか。


 特に二つ目に関しては全く分からない。私は別に陰陽師の末裔でもないし、彼女の恋人だったわけでもないから「二人をつなぐ愛の力」みたいなのもないし、特級呪物を食べて呪力を得たわけでもない。


 ……まぁいっか。考えてわかんないものをいくら考えたって仕方ない。また彼女と会うことができれば、その時いろいろ聞いてみよう。当面の間結論は、そうだな

 「運命」ってことで。

 私が通学で使うバスは、行きと帰りで少し通る道の違うなかなか不便なつくりをしたバスなので、帰り道に彼女と会うことはないと思う。次に会えるなら明日の朝だろうか。その時、彼女とお話をしてみたいな。あ、でもさっきのサラリーマンみたいに彼女を見えない人もいるんだよな。むしろ、「幽霊」というところから察するに、そっちの方が多数派な気がする。スマホを耳にあてて、向こうの誰かとの会話中を装うくらいの工夫は必要か?


……このことも一回置いておこう。

「っと、今日はバレー部の仮入部の日か」

 ぼそっと呟いた独り言で、私の意識を明日のことから今日のことへチェンジさせる。



 また会えるのなら。また明日ね、「ゆうれいちゃん」



 そうだね、名前も聞かなきゃ。

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