その14の1「寮の前とアクシデント」



 妙な言葉がテリーの口から飛び出してきた。



 そう思ったカイムは、ルイーズへと向き直った。



「えっ? ルイーズってそんなに強いのか?」



「違いますから! 誤解ですから!」



「これはこれはご謙遜を。


 かつてクリューズに出現した最強の大魔獣を


 小指一本で討伐されたという武勇伝は


 寡聞な私の耳にもしっかりと届いていますよ」



 畏怖と尊敬のこもった口調でテリーはそう言った。



 冗談を言っているような態度には見えなかった。



 ルイーズにそういう噂が有るということは、どうやら事実らしい。



「へぇ。すげえな」



 カイムは楽しげにそう言った。



 そういう噂を快く思っていないのか、ルイーズは声を荒げてこう言った。



「真に受けないでください!


 うぅ……どんどんと噂に尾ひれが……」



 ルイーズの言い分によれば、武勇伝とやらは真実では無いらしい。



 それなら実際はどうだったのか。



 カイムは興味を覚えたが、本題ではないので聞くのはやめにしておいた。



 次にテリーがジュリエットにこう言った。



「とにかく、


 レオハルトさんほどの人を引き受けられる器の持ち主は、


 このクラスにおいては


 ヴィルフさんしか居ないということです」



「私だけ……?」



「ええ。この大任をこなせるのは


 あなただけです。


 どうかお願いできませんか?」



 おだてに弱いのか、ジュリエットの表情が柔らかくなった。



「私だけか~。そっか~。


 ふふふ。どうしようかな~」



「話は決まったようなので、


 これで失礼しますね」



 カイムがそう言うと、ジュリエットが驚きを見せた。



「えっ? 決まってないけど?


 考え中だけど?」



 まだ何一つとして決まっていないのに、カイムは何を言っているんだろう。



 ジュリエットはそんな表情を浮かべていた。



「そうか。それじゃあ考えがまとまったら教えてくれ」



「うん。また明日ね」



 邪気の無い微笑みとともに、ジュリエットは別れの挨拶をした。



 もう決闘のことを引きずってはいないようだ。



 そのことに少しの安心を覚えつつ、カイムは職員室を出た。



 その後ろについてきたルイーズが、廊下でカイムに声をかけた。



「どちらへ向かわれるのですか?」



「寮に帰る予定だけど」



「それでは、途中までご一緒してよろしいですか?」



「良いぜ」



 ふたり並んで校舎から出た。



 そして校舎前の猫車のりばへと歩いた。



 のりばに着くと、ちょうど猫が来たところだった。



 列に並んでいた人たちが、猫車に乗り込んでいった。



 カイムも猫車に乗り込もうとした。



 そんなカイムの背に向けて、ルイーズが声をかけた。



「それでは私はこれで」



 ルイーズが口にしたのは、別れの挨拶だった。



「ん? 乗らねえの?」



 この定期ねこ車は、男子寮のあとで女子寮にも向かう。



 寮に帰るのなら、いっしょの猫車でも良いはずだが。



 そう思っていたカイムが、意外そうにルイーズへと振り返った。



「皇女である私が


 人の多い乗り物を使おうとすると、


 色々と気をつかわせてしまうのです」



「気にすることは無いと思うけどな。


 猫車に乗るくらい、当然の権利だろ?」



「それでも気になってしまうので。


 女子寮くらいなら、あっという間ですし」



「……そうか。まあ、走っていけばすぐだよな」



「走りはしませんけど……。


 こう見えて、お姫様ですからね?」



「そうか。それじゃあ」



「はい。また明日」



 ルイーズに別れを告げたカイムは、猫車に乗り込んだ。



(お、席が空いてるな。せっかくだし座るか)



 放課後は部活動なども有るし、登校よりは下校の方が時間がばらけるのかもしれない。



 そんなふうに思いつつ、カイムは椅子に体重を預けた。



 すると。



「やあ。ストレンジくん」



 ジュリエットとターシャが猫車に乗り込んできた。



 ターシャはカイムに冷たい視線を向け、ジュリエットは気さくに声をかけてきた。



「おまえは気をつかうとか無いのか」



 ルイーズの言葉を思い出し、カイムはジュリエットにそう言った。



 二人のやり取りを知らないジュリエットには、カイムの言葉の意味などわからない。



「うん? ちょっと意味が分からないけれど……」



 ジュリエットはただ疑問符を浮かべ、それから車内を見回した。



 空席を探しているようだ。



 それを見て、何人もの女生徒が立ち上がった。



 カイムの隣にも女子が座っていたのだが、その子も勢い良く立ち上がった。



 少女たちは、胸に黄色いリボンを身につけていた。



 どうやら1年生のようだ。



 カイムは少し驚きつつ、黙って事態を観察した。



「先輩! どうぞお座りください!」



「いえ! どうか私の席に!」



「人肌に温めておきました! ぜひ私の席に!」



「ありがとうみんな。


 それじゃあそこのストレンジくんの隣の席にしようかな」



「ありがとうございます!」



 カイムの隣に座っていた女子が、素早く道を開けた。



 ジュリエットは彼女が座っていた席に腰かけ、カイムに声をかけた。



「ええとそれで……。


 何に気をつかうって?」



「何でもないです」


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