その9の1「昼食と遅刻」



 カイムは特に聞き耳を立てようとしていたわけではない。



 だが二人の会話は、自然とカイムの耳に入ってきていた。



(転校生ってのは俺のことだよな?


 こんな半端な時期に


 二人も転校生が来るとも思えんし。


 けど、女子をフッたってのは何だよ?


 事実無根にもほどが有るぞ)



「やっぱり……」



 ルイーズが口を開いた。



「ん?」



 ルイーズにも二人の会話が聞こえていたらしい。



 彼女はマジメな顔でこう言った。



「私と一緒に居ると、


 妙な噂が立ってしまうのでしょうか……」



「そんなこと無いだろ。


 それに、あんなのべつに、悪評でも何でもない。


 ただの下らない世間話だろ」



「ストレンジさん……」



「カイムで良いよ」



「カイムさん」



「うん」



(そうだ。何を注文するか決めてないぞ。


 メニューはこれかな……)



 カイムはテーブルの上のビニールケース入りの紙に手を伸ばした。



 そして二つ折りになっていたそれを開くと、ルイーズに見える位置に置いた。



「何がうまいんだ? ここは」



「私もメニューを網羅したわけではありませんが……。


 私のお気に入りは、この海鮮スパゲティですね」



「じゃあ今日は俺もそれにするか」



 給仕を呼ぶためのサインは出してしまっている。



 とっとと注文を決めてしまった方が良いだろう。



 そう考えたカイムは、ルイーズのオススメに従うことにした。



 やがて黄色いサーベル猫を連れた給仕が、カイムたちの方へ近付いてきた。



 給仕はさきほど噂話をしていた男子たちに声をかけた。



「ご注文はお決まりでしょうか?」



 男子たちはすぐに注文を済ませた。



 給仕は魔導ペンを使い、板に注文を記入した。



 そしてそれを猫の首にかけた。



 板を預かった猫は、キッチンの方へと駆けていった。



(次は俺たちかな)



 位置関係を見るに、たぶんそうなるはずだ。



 カイムはそう考えて給仕を待った。



 だが……。



(あれ……?)



 近くに居たはずの給仕は、少し離れた席に注文を取りにいってしまった。



 そこで注文を取り終わると、給仕はさらに別の席へと向かっていった。



「なかなか……注文を取りに来ないな?」



 カイムがそう言うと、ルイーズは居心地が悪そうな様子で口を開いた。



「その、実は私は……」



「何だ?」



「とってもとっても、運が悪いんです」



「うん?」



 ルイーズが何を言っているのかわからず、カイムは疑問符を浮かべた。



「運です」



 べつに声を聞き損ねたわけではない。



 重ねて言われても反応に困るのだが……。



 カイムはそう思いながら、再びルイーズに疑問を向けた。



「つまり?」



「注文運も悪いので、


 こういう時はなかなか順番が回ってこないんです。


 すいません……」



(運って、そんなワケが有るかよ……。


 注文待ちの合図を見落とされたとか、


 給仕のその場の気分とか、


 そういう話じゃねえぞコレは)



 さきほどの給仕の位置からは、カイムたちのテーブルがはっきりと見えたはずだ。



 魔導器が出したサインも、見逃されるはずがない。



 だというのに、給仕はカイムたちの方へは来なかった。



 それがただの運で片付けられる問題だとは、カイムには思えなかった。



(給仕がルイーズを避けたのか? 悪い噂とやらのせいか?


 学生間のイジメとか、


 そういうレベルの話じゃなかったのかよ?)



「そのうちやって来ますから、


 ゆっくり待ちましょう」



「……わかった」



 ルイーズの言葉に従い、カイムは給仕を待った。



 かなり後になって、妙に顔色の悪い給仕がルイーズに声をかけてきた。



「……ご注文は?」



「海鮮スパゲティを」



「俺も同じものを」



 注文自体はすんなりと終わった。



 それからしばらく待つと、顔色の悪い給仕が料理を運んできた。



 そのころになると、生徒たちの何割かは既に食事を終えていた。



「いただきます」



「うん。いただきます」



 二人は食事を始めた。



 カイムは食べるのが早い方だ。



 一皿のスパゲティくらい、すぐに食べ終わってしまった。



 そのすぐ後に、昼休み終了のチャイムが鳴った。



 これから5時限目が始まるまでに、あと10分の猶予が有る。



「すいません。急いで食べてしまいますね」



 そう言ったルイーズの皿には、まだ半分以上は料理が残っていた。



(食べるのが遅いってのは本当だったみたいだな)



「いや。良いよ。


 いつもどおり、自分のペースで食べてくれ」



「はい。がんばります」



「がんばらなくて良いから……」



 カイムはルイーズの食事を見守ることに決めた。


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