その6の2





(でかいな。


 この大きさであんなにスムーズに走れるなんて


 並の猫車じゃないな。


 冒険者学校ともなると魔導器も良い物が手に入るのかな)



 普通、魔導器に頼らない猫車は、8人乗りくらいが限界だ。



 それ以上の大きさにしようとすると、安全性や快適性を損なうことになる。



 そのため大型の猫車には、魔導器を装着して運行の補助をするのが常識だった。



 カイムの前に現れたねこ車は、50席は有りそうな大きさだった。



 世界でも最大級のねこ車だと言えるだろう。



 カイムは猫車に乗り込み、車内を見回した。



 座席は52個あったが、その全てに先約の姿が見えた。



 席を逃した10人以上の生徒が通路に立っていた。



(席は……全部埋まってるか。


 みんなこの時間帯に通学するから


 混雑するんだろうな。


 まあ良い。べつに立つのは苦痛じゃない。


 俺以外にも立ってる生徒が居るから、


 特別に目立つということも無いだろう)



 カイムは席の間の通路を自分の居場所と定めた。



 すぐに猫車が走り出した。



(ん……?)



 自分に視線が向けられている。



 カイムはそのことに気付いた。



(見られてるな……。


 五人……いや……六人……。


 俺を見てるのは全員が女生徒か。


 この車両……


 男子寮の前で猫車に乗ったのに、


 やけに女子が多いな?


 なるほど。


 この定期ねこ車は


 男子寮より先に


 女子寮の前を通るということか。


 それで……どうして彼女たちは


 俺の方をちらちらと見ているんだ?


 まさか……隣国のスパイか?


 俺がハースト共和国のエージェントだと気付いて


 警戒してるっていうのか?


 だが……訓練されたエージェントにしては


 視線が露骨すぎる。


 こんなあからさまでは


 すぐに相手に勘付かれてしまうぞ。


 ……未熟な新人か?


 しかし、1台の猫車に


 5人も6人もスパイが居合わせるものか?


 確証も無い。


 うかつに相手を問い詰めれば


 こちらがスパイだと白状しているようなものだ。


 ……参ったな。


 こういう状況は初めてだぞ。


 どうする?)



 やがて猫車は校舎の前へとたどり着いた。



 他の生徒たちと一緒に、カイムは猫車からおりた。



(少しだけ探りを入れてみるか……。


 あくまでも普通の学生の範疇で


 さりげなくだ)



 カイムは一番視線があからさまだった女子に声をかけた。



「なあ。そこのきみ」



「ひゃい!?」



「気のせいだったら悪いんだけどさ、


 猫車の中で


 俺の事を見てなかったか?」



「そ……それは……」



「それは?」



「ごめんなさいいいいいぃぃぃ!」



 女子は校舎の中へと走り去っていった。



(言い訳すらしないとは……。


 他国のエージェントだとするには


 あまりにも幼稚すぎる。


 やっぱりスパイじゃない……のか?


 もし彼女がプロのエージェントだって言うなら


 彼女を雇ってる国の将来が心配になるな。


 けど……だとすると、


 俺が視線を集めてたのには


 何かべつの理由が有るということになる。


 俺は目立っているのか。


 まずいな……。


 普通の学生になりすますには


 やはり学習期間が足りなかったということか……。


 それを悔やんでも仕方ない。


 今もっている手札で何とかするしか無いが……。


 初日から先行きが怪しくなってきたな。


 しかしいったい、


 俺と普通の学生とで何が違うっていうんだ?)

 


 美貌の少年は、思案しながら校舎へと入った。



 そして職員室へと入ると、担任であるテリー=チッピングを尋ねた。



「チッピング先生」



「おはようございます。ストレンジくん」



「はい。おはようございます」



「寮での生活はどうですか?


 お友だちはできましたか?」



「友だちと言えるかはわかりませんが、


 猫好きの寮生と少し会話をしました」



「そうですか。


 朝のホームルームまで少し時間があります。


 隣に応接室が有りますから


 そこで休んでもらっても構いませんよ」




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