その7の1「2年A組とクラスの王子様」



「ありがとうございます」



 カイムは体力あふれる若者だ。



 10分どころか数時間立っていてもどうということはない。



 だが教師の勧めを断るのが、模範的な学生の姿だと言えるのか。



 それがわからなかったカイムは、彼の言葉に従うことにした。



 カイムは応接室に入り、背筋を伸ばして待機した。



 その状態で少し待つと、学校の予鈴が鳴った。



 それからすぐ、テリーが応接室に入ってきた。



「それでは行きましょうか」



 カイムはテリーの後に続き、校舎内を移動した。



 そして2年A組の教室の前まで来た。



 テリーはそこで立ち止まると、カイムに声をかけた。



「今日からこの2年A組が


 きみのクラスです。


 心の準備は良いですか?」



 正直に言えば、カイムに準備などできてはいない。



 今回の任務に対して、自分は明らかに準備不足だ。



 カイムにはその自覚が有った。



 とはいえ、今までのカイムの人生において、全ての任務が準備万端で始まったわけではない。



 準備不足だろうが、なんとかしてやる。



 そんな心意気で、カイムはテリーに答えた。



「はい」



 カイムの頷きを見ると、テリーは教室のドアを開けた。



 中へ。



 カイムもその後に続いた。



 中に入ると、右に黒板、左に生徒たちの姿が見えた。



 生徒たちは、学校の備品の椅子に腰かけていた。



 最先端の冒険者学校に通うだけあって、みなが覇気に満ちた面構えだった。



 テリーは黒板の前に立ち、生徒たちに向き直った。



 カイムもそれに倣った。



 年齢相応の好奇心に満ちた視線が、カイムへと向けられた。



 テリーが口を開き、学生たちに声をかけた。



「おはようございます。


 今日はこのクラスに、


 転校生がやって来ることになりました。


 みなさん仲良くしてあげてくださいね。


 それではストレンジくん、自己紹介をお願いします」



「カイム=ストレンジです。


 ハースト共和国から来ました。


 夢は一流の冒険者になることです。


 よろしくお願いします」



「よろしくなー」



 男子の一人が明るい声音でそう言った。



 次に活発そうな女子が手を上げながら、カイムにこう尋ねた。



「はいはいはーい!


 ずばりストレンジくんの女性のタイプは?」



「きみみたいな可愛い子かな」



「あぅ……」



 美貌からはなたれた社交辞令を受けて、その女子は真っ赤になった。



「きみたち。


 転校生が珍しいからって


 あまりはしゃいではいけませんよ。


 すぐに1時限目の授業が始まるんですから」



 教室内の浮ついた雰囲気を見たテリーが、そう言って生徒たちを戒めた。



「はーい」



「そこの窓際の一番後ろの席が


 ストレンジくんの席です」



「わかりました」



 カイムは指定された席へと向かった。



 他の生徒たちは、おとなしくそれを見守った。



「それでは、静かに着席して授業を待つように」



 出欠の確認が済むと、テリーはそう言って教室から去った。



 生徒の一人が廊下に出て、テリーが遠ざかるのを確認した。



 そして教室内に声をかけた。



「行ったぞ」



 生徒の大半がいっせいに立ち上がった。



 そしてカイムに詰め寄って来た。



「凄いイケメンだね。モデルとかやってる?」



「ハーストのどの辺から来たんだ?」



「良かったら俺たちのパーティに入らないか?」



「あっずるい! 私たちのパーティに入ってよ」



 矢継ぎ早に言葉が浴びせられた。



(凄いな。


 これが噂に聞く転校生補正というやつか)



 転校生という生き物は、転校から数日間は存在感に大幅なバフがかかる。



 カイムは参考にしたテキストからそれを学んでいた。



 とはいえ、それを自分で味わうのは初めてだ。



 新鮮な驚きがカイムに降りかかっていた。



(けど参ったな。


 こうも四方八方から言葉をかけられたら、


 誰にどう答えたら良いかわからん)



「キミたち」



 生徒たちの圧にカイムが戸惑っていると、クラスメイトの一人が口を開いた。



 妙に存在感が有る声だった。



 彼女が短い言葉をはなっただけで、教室内はしんと静まりかえった。



 カイムは声の方を見た。



 赤いショートヘアの、凛々しい顔つきの少女がそこに立っていた。



 スカートをはいてさえいなければ、カイムは彼女を王子様だと思ったかもしれない。



 少女は言葉を続けた。



「そんなふうに一斉に話しかけられたら、


 ストレンジくんが困ってしまうよ。


 そうだろう?」



「うん……。ごめんね。ストレンジくん」



「悪いね。うちのクラスの子たちが」



 この少女はクラスのまとめ役なのだろうな。



 内心でそう思いつつ、カイムは少女に言葉を返した。



「いやまあ、


 人生で一瞬だけでも


 人気者の立場を味わえたのは


 悪い気分じゃ無かったさ」



「なら良いんだけど」


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