その6の1「夢と通学」



「……そんなふうに言われたのは初めてです。


 困ってしまいます」



「初めて? 見る目が無いんだな。


 この学校の他の男どもは。


 とくにその瞳……すごく綺麗だ」



「っ……」



 少女は耳を真っ赤にして、椅子から立ち上がった。



 そしてガゼボから駆け去っていった。



「ありゃ……怒らせたかな?


 いくら褒めるのが良いって言っても、


 ちょっとわざとらし過ぎたかな?」



「みゃふ」



 カイムの隣でカゲトラが、呆れたような鳴き声を漏らした。



(加減が難しい。


 奥が深いな。お世辞ってのも。


 ん……?)



 カイムは椅子の上に視線を向けた。



 そこにハードカバーの本が置かれているのが見えた。



(忘れてったみたいだな。


 気付いて戻って来るかもしれんが、


 置き去りにするよりも


 俺が持っていった方が良いか?


 学年は分かってるし、


 あの子を探すのは


 そんなに難しくは無いだろう)



 カイムは本を手に取った。



 それからカゲトラを連れて、公園から出た。



(登校の前に、校舎を見学していくかな)



 カイムはカゲトラと一緒に校舎まで歩いた。



 広い校舎だ。



 今日だけで全部を見て回るのは難しいかもしれない。



 そう思ったカイムは、校内の案内板を頭に叩き込むことにした。



 そして校内を少し見学して、寮へと帰った。



 自室に戻ったカイムは、夕食まで時間を潰した。



 時間になると、カイムはカゲトラを連れて食堂へと向かった。



 そこで料理が届くのを待っていると、サーベル猫に興味を持った学生が声をかけてきた。



 会話をしていると夕食が運ばれてきた。



 カゲトラのねこフードも問題なく用意された。



 食事を済ませると、カイムは部屋に戻った。



 その後、風呂を済ませると、彼は黙々と本を読んだ。



 やがて就寝時間が来るとベッドに入った。



 カゲトラはベッドの隣まで来ると目を閉じた。



 やがてカイムの意識は眠りへと飲み込まれていった。



 そして朝が近づいてきた時、彼は夢を見た。



 初めて見る夢では無い。



 もう何度も見た夢だった。



 夢の中で、紫髪の女性がカイムを見下ろしていた。



 女性にはなぜか左腕が無かった。



 カイムに視線を向けながら、女性が何かを言った。



 その音は聞こえていたが、カイムには言葉の意味が理解できなかった。



「どういう意味……?」



 カイムは問いかけるが、答えは帰ってこない。



 やがて視界が歪み、夢の舞台は別の場所へと移った。



「お兄ちゃん! お兄ちゃん……!」



 金髪の小柄な少女がカイムを見下ろしていた。



「どうして……?


 どうしてきみは泣いてるんだ……?」



 カイムは問いかけたが、やはり答えは無かった。



 やがてカイムは眼を覚ました。



(また……いつもの夢か……)



 カイムはベッドから体を起こした。



 窓のカーテンの隙間から、陽光が入り込んでいるのが見えた。



 それで朝になっているのだとわかった。



 夢はカイムにとって大切なものだが、驚きの有るものでは無い。



 カイムは落ち着いた様子で、ベッドから立ち上がった。



「ほら、起きろよカゲトラ」



「うみゃぁ」



 カゲトラを揺り起こすと、彼女は眠そうに目を覚ました。



 カイムは髪を軽く整えると、学校の制服に身を包んだ。



 そして鏡で制服姿の自分を確認した。



(しかし赤いな。こんな赤い制服って珍しい気がするけど)



 そんなふうに思いつつ、カイムは身だしなみチェックを終えた。



 それからカイムは食堂へと向かった。



 朝食を済ませて部屋に戻ると、机の上で学生鞄を開けた。



 そして必要な教材が揃っているのを確認すると、学生鞄を閉じた。



 鞄を右手にぶらさげると、カイムはカゲトラに声をかけた。



「授業に連れて行くわけにはいかないからな。


 なるべくおとなしくしてるんだぞ。


 外で散歩くらいならしてても良いが、


 どうする?」



「みゃ」



 カゲトラは短く鳴くと、カイムのベッドに飛び乗った。



 そしてそこで丸くなってしまった。



「ホント、寝るのが好きだな。猫ってやつは。


 それじゃ、行ってくる」



 カイムは寮から出た。



 すると寮のすぐ近くで人が集まっているのが見えた。



(あれは……猫車のりばか。


 いちいち車を待つより走った方が早いと思うが……。


 けどどうやら、


 いまどきの学生ってやつは


 短い距離の移動にも


 猫車を使うものらしいな。


 周囲に溶け込むには


 俺も猫車を使った方が良いだろうな)



 平均的学生に擬態するため、カイムは猫車のりばの列に並んだ。



「みゃーみゃーみゃーみゃみゃー」



 少し待っていると、すぐに猫車がやってきた。



 6頭立ての立派な猫車だった。




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