或る春の日

 雪の様に白い桜は、いつもより遅かった。

 最後の年が始まったのだ。


 自転車を走らせていると、ふとクラクラとする。

 初めて高校に入って、一年が経ち、二年が経った。


 部活では子供の様にふざけ、後輩とは仲良しになった。

 クラスでは仲良く話せる友達もでき、委員会でも頼れる人ができた。


 もう慣れたと思っていた。


 ……思っていたのに。



 二年前。自分は誰も知らなかった。

 一年前。自分は君を知らなかった。


 一年後。それは誰にも分からない。



 春の果実は、どれもどこか甘酸っぱい。


 自転車小屋を出て、クラス表を見る。


 ああ、一昨年の親友とはまた別のクラスだ。



 クラスでは、みんなが色々な、でも似た様な顔で話している。



 自分は、まだ誰も知らない。

 だから、とりあえず話しかけてみなくてはいけない。


 息を吸う。

 春らしい、甘く爽やかで、羽化したばかりのような風を吸い込む。


 そして、出来るだけ口元を上げながら、こう言うのだ。

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