第14話
クリス家の使用人は四名であること。その全員が住み込みではなく通いの勤務であり、遅くとも二十時には退勤すること。また、決して地階には入らないように言い含められていること。
これらの情報を入手したのはザカリーだった。
どうも地下が怪しいと睨んだ二人は、そこに悪事の拠点があるのではないかと予想していた。
そしてそれは的中し、地下室の錠前を破ったアナスタシアの瞳には、牢に入れられた子供たちが映っている。その牢の数は少なく見積もっても十はあった。
廊下から入る灯りに眩しそうに目を細める子。アナスタシアを見て怪訝な顔をする子。寝ているのか横たわったまま動かない子。格子の間から見える表情はさまざまだった。
一番手前の牢にはクリスが入れられていた。
「おっ、おねえちゃん……!?」
クリスは泣きそうな顔で牢の鉄格子に縋りついた。最後に顔を合わせたときよりずいぶん痩せてしまっている。
「クリス! いっ、今、助けてあげるからね!」
アナスタシアが硬い床を一歩踏み出す。
「あっ! だめ!!」
クリスが叫んだのとほとんど同時に、アナスタシアの足裏に柔らかい感触があった。
「えっ?」
視線を落とす。ぼろぼろのブーツの下にあるのは、白地に茶色のぶち模様の毛皮。
「グルウウウウウッッ!!」
「……っひ、ひえええっっ!!」
ドアの影には番犬が寝そべっていたのだ。
突然尻尾を踏まれた犬は歯をむき出しにして威嚇する。怯んだアナスタシアの横をすり抜けて、激しく鳴きながら廊下に飛び出した。
「ワンワンッ!! ガウワウッ!!」
「だめよワンちゃん! 静かにして!」
必死に止めてももう遅い。犬は家主に侵入者を知らせるべく、けたたましく吠えながら階段を駆け上がっていった。
――ああ、やってしまった。
ドクンドクンと心臓が跳ね踊る。
けれども、もう後戻りすることもできなかった。捕まってしまってはすべてがおしまいだ。アナスタシアの目の前に選択肢などない。
彼女は覚悟を決めた。ポシェットに手を突っ込み、錠前破りの道具を掴み出す。
「一分で終わらせる」
素早くクリスの牢に駆け寄り、かかっていたオリエンタル錠にテンションとピックを突っ込んだ。
カチッ
隣の牢に移る。クリスの牢とまったく同じタイプの錠前だ。
カチッ
ここまで五秒。残りの牢が十あるとしたたら、三十秒ですべて開けられる。
頭の中をからっぽにした。悪者が駆け付けるんじゃないかとか、捕まったらどうなってしまうんだろうという考えはすべて排除した。
ひたすらに、目の前にある錠前を開き続けた。
――カチッ
最後の牢の鍵が開き、だらりと格子にぶら下がる。
最初に牢から出たクリスが救出を補助した。いずれもクリスほどの、十歳にも満たないような小さな子供たち。怯えた瞳でアナスタシアを見上げている。
「安心して! わたしはみんなを助けに来たの。さあ、早くあそこから逃げるのよ!」
部屋の隅に子供一人が通れるくらいのひっそりとした通気口があった。ここは見取り図にない場所だが、ザカリーが盗み出した洋館の建築設計図から得ていた情報だ。
通気口の網には簡易的なロックがかかっていた。アナスタシアはポシェットから小さな金槌を取り出し、ひと思いに振り下ろす。一撃でロックを破壊した。
「こっ、この錠は道具で開けないんだね?」
クリスが戸惑うと、アナスタシアは何を言っているんだという顔をした。
「クリスはずいぶん上品なのね。壊せる錠ならそうしたほうが早いに決まっているじゃない。ここには二度と戻らないんだし。さあ、みんな早く! 出口は地上に繋がっているはずよ!」
小さな子供たちから順番に誘導していく。
最後のクリスを送り出し、自分も中に入って内側から網を閉める。どたどだという足音が部屋に迫っているのが聞こえた。
アナスタシアは前を向く。そして、振り返ることなく狭い通路を突き進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます