第6話
母子が入っていったのは、郊外の山あいにある洋館だった。三階建ての横に長い屋敷である。
外壁は灰色だが、もともとは白かったのではないかと思わせるような不均一なくすみ方。その壁にはところどころヒビが走り、屋根や窓枠に使用されている金属にも錆びがみられ、経年相応に劣化している。けれども、どっしりとした佇まいには貫禄があった。
木造のざっくばらんな建物が目立つ街中に比べると、明らかに異質な邸宅だった。
「ひえ~! すいぶん立派なお屋敷ね。もしかしてクリスのお家って、貴族かなにかなのかしら!?」
屋敷の周囲に塀はなく、見上げるような針葉樹が生える森林とそのままつながっている。
アナスタシアは小さく「おじゃまします」と言って敷地に足を踏み入れた。
「えっ、ちょっと待って! 池まであるじゃない。何も泳いでないけど。それで、これは畑? 何も育てていないみたいだけど。すごく広いわね。もしかして、山ごとクリスのお家のものだったりして」
久しぶりに目にする豪邸に、アナスタシアは夢中になった。
ぐるりと一周して再び洋館近くまで戻ってくると、建物の中から女性の怒鳴り声が微かに漏れ聞こえてきた。
静かな針葉樹林では少しの雑音でも耳につく。誰かを叱佇しているような抑揚が気になった。
「……この声って。もしかして、クリスのお母さん?」
声のするほうに赴き、ぴたりと建物に耳を寄せる。
――「大失敗だわ! アンタなんてもう要らないのに!」「孤児院にやると世間体が悪いからって、あの人が言うから。あたしは哀れな母親を演じて同情を買う。あのままアンタを始末できればすべてうまくいったのに。ああもう、あんな邪魔が入るなんて!」
アナスタシアは耳を疑った。優しそうなお母さんだったのに、まるで違った低くて恐ろしい声。
豪邸を見て回っていた楽しい気分が一気に急降下する。
――それに、どうも話がおかしい。彼女の話では、まるでわざとクリスに時限錠をつけて殺そうとしていたようではないか。息子をわざと殺そうとする親なんて、この世にいるんだろうか。
怒号に交じって、時折震え声で「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝る小さな声が聞こえる。よく耳を澄ませても僅かに聞こえるくらいの、絞り出すような声。
その後に、何かを叩くような乾いた音が続く。
「ああクリス……。あなたが言いたかったのは、このことだったのね」
アナスタシアはちいさな胸を痛めて理解した。クリスが爆弾から解放されても、ちっとも緊張が解けなかった理由。帰り際に振り返って発した『たすけて』というメッセージ。
彼の家庭には問題がある。クリスは両親から疎まれ、理不尽な折檻を受けている。
――「まったく! ほんとうに愚図なんだから。あなたのせいで手が痛いわ。もういいから、さっさと地下に行ってちょうだいっ!」
乾いた音が止み、バンッと大きな音が響き渡る。母親が部屋を出ていった音だろう。
しばらく部屋には、子供がすすり泣く音が響き渡っていた。
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