第3話
「どうしたのかしら? とにかく行ってみよう」
悲鳴があがった港近くの広場へ向かうと、すでに何かを取り囲むような人だかりができていた。
けれども様子がおかしい。円の中心にある光景を見た人の多くは慌てて逃げだしていくのだ。なんだなんだと集まる人と、一目散に逃げ出す人。場は混乱している。
背伸びして人だかりを覗き込むと、思ったより遠くに一組の母子がいた。母親は子供の脇で半狂乱になって泣いている。五、六歳ほどの男の子は真っ青な顔で直立不動だ。
「誰か助けて! この子に爆弾をつけられてしまったの! 誰か!」
男の子の身体には、小さな身体には不釣り合いな四角い装置が巻き付けられていた。
怪しく黒光りしているそれは、一目で不穏なものだとわかる見た目をしていた。
「誰か! 誰か助けて! ようやく人さらいからこの子を取り返したのよ! それなのに、こんなのあんまりよ! ああクリス。何もできないお母さんを許して……っ」
母親の叫びから浮かび上がった状況はこうだった。
子供を人さらいから取り返したはいいが、爆弾をつけられた状態だった。報復なのか、あるいは都合の悪いところを見られた口封じなのか。身代金だけ受け取って悪者は姿を消してしまったらしい。
興味本位で遠巻きに状況を眺める野次馬。爆弾なんて大変だと逃げ出す人々。
けれども、母子に手を差し伸べる者は誰一人としていなかった。
――アナスタシアを除いて。
「お母さん! ちょっと見せてください。わたし、わかるかも!」
「……えっ?」
栗色の髪を振り乱して泣いていた母親は、虚を突かれたような顔をした。
騒ぎ立てていた野次馬たちも、突然声を上げた少女に好奇の目を向ける。
アナスタシアは人をかき分けて円の中心に進み出た。クリスと呼ばれた男の子に巻きつけられた不気味な装置を確認し、一つ頷いた。
「爆弾はこの中なんですね。ここに鍵穴があるから、装置を開けることはできると思います。とりあえず、やってみますね!」
「あ……えっと……」
おろおろする母親の脇で、アナスタシアは腰に巻いたポシェットの口を開き、耳かきに似た細長い道具や工具などを取り出していく。
地面に並べたこのヘンテコな道具たちが、彼女の唯一の財産だった。
「錠前は……単純なピンタンブラーね」
丸い瞳で鍵穴を覗き込み、十秒もかからないうちに内部構造を判断する。並べた道具から迷いのない手つきで二本を選び取った。
「テンションと、ダイヤモンドピックでいこう」
まずテンション――先端がL字に曲がった金属棒を鍵穴の手前に引っ掛ける。その状態のまま左手で固定し、右手に耳かきのような細い金具――ダイヤモンドピックを構える。
ダイヤモンドピックをゆっくりと鍵穴に差し込んでいく。突き当りまで到達すると、その少し手前の天井に、ちょっとした可動性のある場所が触れた。
「あった。ここがピンだわ!」
アナスタシアは、指先に伝わる僅かな感触を見逃さなかった。
ピンタンブラー錠の構造は明快だ。俗にシリンダー錠などと呼ばれ、鍵の内部にピンと呼ばれる障害物が配置されている。鍵を差し込むと鍵山に合わせてピンが移動するため開錠できる仕組みだ。
言い換えれば、何らかの方法で中のピンさえ動かすことができれば、本鍵が無くても開錠できるということ。
「さあ、やるわよ!」
辺りはいつの間にか静まり返っていた。野次馬と母親は固唾を呑んで見守っている。
アナスタシアは鍵穴に差し入れたダイヤモンドピックを上下に動かして、内部のピンを一つずつ押し上げていく。
テンションを小刻みに動かして圧を加えながら、錠前内部に存在する三つのピンをすべて押し上げた。
すると、くるりと鍵穴が回り、ガチャリと重々しい音が響き渡る。
「……開錠、完了しました!」
おおっ、と野次馬からどよめき声が上がる。母親はあんぐりと口を開けて絶句していた。
「それで、爆弾はどこに……」
清々しい気持ちで装置の蓋を持ち上げたアナスタシアだったが、その内部を目にしたとたん、表情を強張らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます