第11話 夜食のスープ以上に、あなたの色香が禁断過ぎて。この先のシナリオが読めなすぎて。ヤバイって言葉しかないっしょ!(改稿済み)


 ずずずずず。


 スープを啜る音が響く。なぜか、私の真横にはレン。切り株の位置が絶妙すぎる。肩が触れるか、触れないかぐらいの絶妙加減での位置。それ以外の切り株はというと、2メートルは離れる。村の狩人連中のお仕事に、苦言を申したかった。


 ずずずずず。


 また、スープを啜る音。それ以外は無音。真隣に座っているから、その表情は窺いしれない。だいたい、何でレンなんだろう。このシナリオは、ジェイスだと思う。それならフラグ的に考えても彼が……。


 いや、もうそんなことを考えるのは止めよう。三傑は生きている。それで良いし、今の私にとっての現実リアルはココだ。シナリオとの整合性を考えたって仕方がないんだ。


「美味いな」


 ぼそりと、レンは呟いたかと思えば――。


「貴女は良い妻になる」


 ぶほっ。思わず、お茶を吹き出しそうになるのを懸命にこらえた。おかげで、気管に入りかけて、ムセこんだ。


「……げほっ、ゲホッ……な、なにを、お戯れを――」


 ちゃんと貴族様に対して、最低限の礼儀はわきまえた私は偉い。そもそも、同じ視線、同じ立場で食事を摂っていることそのものが、非礼であることは間違いない。


「私は本心で言っているんだがな」


 むしろ遺憾と言わんばかりに、目を細める。


「ラースロット家の女は、妻も騎士であることが求められる。かまどの火を守ることも、その一つ。貴族であっても、使用人メイドを指揮する才覚が望まれるし、商人と対等である交渉術もまた然り……まぁ、貴女はそんな狭い世界に収まる人でもない、か」


 レンはそう言って、息を吐く。おもむろに立ち上がったかと思えば、マグカップを切り株に置き、それから私に向けて、片膝をついた。


「へ?」


 私が目を丸くするのも、意に介さず。レンは私の手を取る。


「殿下とジェイスに無理を言って、この時間を独占させてもらったんだ」

「レン、様?」

「私を貴女の騎士にさせてくれないか?」

「……え?」

 私は思わず硬直してしまった。レンの深い瞳に引き込まれそうになりながら――【天球儀の契りテンチギ】コアユーザーの私は、狂喜乱舞だ。いや、私じゃなくてもテンチギユーザーなら誰だって同意してくれるはずだよっ!


(最高峰のレン・イベントきたーっっー!!)


 マジ?

 マジで?!


 天球儀の契り史上、ベスト3に入る名イベントだ! これを体験せずして、【テンチギ】ユーザーじゃない! むしろ、人ですらない!


(落ち着け、私。深呼吸するんだ、冷静になれ。このテンションでイベントに臨んだら……それこそドン引きだ!)


 いや、もうドン引きかもしれない。レンガ戸惑った目で私を見ていた。


「いきなり、こんなことを言っても貴女は戸惑うかもしれないが。聞いて欲しい、騎士には主君の他に、もう一人だけ誓いをたてることを許される。それは、伴侶として想い遂げようと決めた相手だ」


 言葉を紡ぎながら、レンの瞳は不安そうに私を見上げる。

 レンは自分の揺れる感情に気付かないまま、葛藤する。そんな人だった。


 時に主人公ヒロインに吐露して、紆余曲折の果てに自分の気持ちに気付くのだ。でも――って、思う。それは、今ではないはずなんだ。

 私は、小さく息を吐いた。


「……揶揄からかうのは、止めてください」


 なぜ、今なのか。序盤の主人公わたしはレンにとって、好印象とはとても思えない。レンが今の私のことをどう見ているのか、皆目、検討がつかない。


「やはり、そう思うか」


 レンがクスリと笑む。やっぱり揶揄っている?

 思わず、レンに視線を向ければ。あれほど、無愛想なレンが私に向けて微笑みを絶やさない。


「普通、貴族を前にしたら、全てとは言わないが、色仕掛けトラップを張り巡らす女性は多い。悪いとは言わない。それが彼女達の武器だからな」


 私は無言で、レンの声を聞く。

 レンだ。 一切、着飾らない。素のレンがココにいる。


「だから、殿下の醜聞スキャンダルとなる芽は全て摘む。それが私の仕事と思っていたが……君は全く、そういうことに興味を示さない。むしろ、私達から距離を置こうとする。正直、自分が自惚れていたんじゃないかと、後悔するぐらいに」


 私は答えない。

 こんな、シナリオはなかった。


 とくん、とくん。

 心臓が胸打つ。


 選択肢ダイアログは表示されない。これは、私にとってのリアルなんだと――この瞬間で、ようやく痛感する。


 答えたら、ダメだ。そう、心の奥底で本能が警鐘を鳴らすのに、衝動が抑えきれない自分がいる。


「貴女がいたからこそ、私たちは生きている。ずっと考えていたんだ。恥知らずではいたくない。できれば、君のその恩に報いたい……が、その方法が分からない。だったら――私にできることは、君に騎士の誓いをたてること。それだけ、だって思う」


 不器用だなぁ、って思う。

 私は今、このイベントの重さを実感している。


 主君以外で、騎士が誓いをたてる人間は、一人だけ。

 もちろん、現実には離縁だってある。生涯、一人だけに誓いをたてるわけではない。でも、それでも――。


 騎士にとって、この宣誓は軽くはない。

 まるで、強制イベント。


 レンの真摯な眼差しに、あらがえない私。

 頭ではもう、三傑とは会うことはない。そう理解しているのに。


 理解しているから、か。

 脳の片隅が、痺れるような感覚。

 お酒に酔ったら、こんな感覚になるんだろうか。


(ずるいなぁ)


 レンは狡い。

 本当にズルいって思う。


 もう会えないって、分かっているのに。

 どう考えても、シナリオのフラグが立つことなんか、あり得ない。


(それは分かっているのに……)


 レンの手を取る。

 私の甲に、その唇が触れて。


 一瞬、私達の輪郭をなぞるように。光がはしって。

 それから――消えた。





■■■





「明日、王都へ旅立つから」


 なんでもない雑談のような調子テンションで、真面目な騎士は呟やく。


「どうせ、見送りには来てくれないのだろう?」


 レンの言葉に、私は次の言葉が告げない。見透かされているって思う。

 だって、彼らは黄色い声援を送られることが、何より苦手にしている。イヤだって思うことを、あえてしたいとは思わない。


 社交辞令とはいえ、他の子に愛想を振りまく彼らを見たくない。

 シナリオは、どうせ繋がらない。それなら――。


▷見送らない


 これは、私のなかでの決定事項だった。気持ちを切り替えるようにスープを啜る。

 不思議と味がしなくて。

 レンの言葉ばかりが、いつまでたっても甘く鼓膜を揺らし続けて――。












「それにしても不思議なものだな」


 そうレンは感心したように、魔石コンロに目を向けて、呟いた。


(へぇ?)


 魔石コンロは、規則正しく弱火で残りのスープを温める。ほぼ無音。時々、魔力を放出するぷしゅっ、という音が響く。


 前世の記憶から、どうしてもアウトドアに思い入れが強い。本当なら焚き火を熾したいところだが、今回は効率性を優先したんだ。まさか、レンと合間見るとは思っていなかったけれど。


 私は少しだけ、目を見張る。魔術オタク(失礼)のジェイスならともかく、レンが興味を示すとは思ってもみなかった。


「たいしたものだ。ハノーヴァー嬢が開発した魔石コンロが、ココまで普及しているなんて」


 なんですって?

 私は、思わず目をパチクリさせる。あのね、レン? これは完全に私の自作で――とまで、思考を巡らして、はっと我に返る。


(ハノーヴァー嬢?)


 忘れるワケがない。【天球儀の契り】で第1章で主人公と遭遇する、好敵手ライバル――サラ・ハノーヴァー公爵令嬢。いわゆる悪役令嬢というヤツだった。


 とにかく、ヒロインを目の敵にする。この時点で、第三王子には婚約者候補がいる。でも、まだ本決定じゃない。そこに名乗りをあげる、ハノーヴァー嬢。なぜか巻き込まれる主人公。プレイ中、私は――。


(めんどくさっ!)


 そう思ってしまったものだ。でも多くのユーザーが、同じような感想をもつと思うが、彼女はドコか憎めないところがあるのだ。何か行動を起こせば、息を吐くようにドジを踏む。


 乙女ゲームなのに、キャラクター人気投票一位を獲得したのは、何を隠そう、サラ・ハノーヴァー公爵令嬢なのだ。序盤、全ユーザーに愛される、もう一人のヒロインだった。


 最終的に彼女は、悪魔デーモンに魅せられ、魔女に墜ち――三傑に葬られるという哀しい結末が待っているのだけれど。


「ハノーヴァー様が……魔石コンロを……?」


 なんとか、不敬にならない程度に、そう呟いた。

 違和感しか感じない。


 私がシナリオを強引に変えたから――?


 でも、魔石コンロが普及しているというレンの口ぶり。私が自覚する以前から、魔石コントを開発していた、ということだ。


(……私以外にもがいる?)


 そう考える方が妥当だ。

 サラ・ハノーヴァーは、王都にいる。

 私は、天球儀の里で――この村で燻っている。


 三傑を救うことはできた。


 それで満足のはずなのに。

 それで、満足だったのに。


 マグカップからたつ、湯気を漫然と見やりながら。

 この時間が、もう少しだけ、緩やかに流れて、と祈る。


 マグカップに口をつける。

 スープが冷め……まるで、味がしなくて――。


 





■■■





「まぁ――すぐに、迎えに行くけどな」


 レンの呟きは、思考が混乱した私には、まるで届かなかった。







________________





【作者】プロデューサーからのお詫び


2024.5.13


作者クリエイターの手違い(眠さと疲労困憊により)

誤ったシナリオを公開してしまいました。


現在、正規シナリオに修正済みです。


すでにお読みいただいている

天球儀の契りテンチギ】ユーザーの皆様には

お詫び申し上げるとともにに、

魔結晶を50個と原案者ねころう人形をプレゼントいたします。


ログインし、ギフトボックスより受領ください。

今後とも【天球儀の契り】をよろしくお願いいたします。



 

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