第10話 乙女の夜食を覗き見するなんて、言語道断と言うしかないっしょっ!(……って言えたら、どれだけ良いんだろうなぁ)
窓から、月明かりが差し込んで――欠伸が漏れ――目をぱちくりさせる。
私たちの部屋?
隣を見る。
姉のアリアが、規則正しい寝息をたてていた。
(変な夢だった……)
前世の妹が、ずっと何かを悔いていたように見えた。
妹が、見る夢を覗きこむような、そんな夢。
ホワイトノイズで、ほとんど聞こえることはなかったけれど。
私のモノを、なんでも欲しがったあの子。
あの大地震で、あの子だけが助かった。
自暴自棄になるあの子を、瓦礫の中で必死に励まして。
私は、見つけてもらえず――。
ただ、そんなに悲観的になっているワケでもない。だって、前世の記憶は少し薄れてきた気がする。考えれば、霧が立ち込める、そんな感覚で。
もう、姉妹の関係なんか信じないと思っていたのに、今世の姉は優しすぎる。私がわがままを言えば、その通りに包み込んでくれる。二歳年上の姉。これはゲームの世界だから――そう思っていたけれど。
「サリア……」
姉が呟く。寝言、か。今世のお姉ちゃんは、寝相が悪い。もぅ、黙っていたら綺麗なのに、そんなだらしない顔しちゃってさ。
毛布をかけ直して上げる。
「可愛いよ、お姉ちゃん」
自然と、そんな言葉が漏れた。
■■■
結局、眠れない。こんな時は、夜道を散策するのに限る。
頬を撫でる風。
そよぐ木々。
葉の隙間から覗く、星々。その全てが大好きだ。私は定位置の切り株に腰をおろす。アイテムボックスから取り出したのは、私のお手製自家発電型魔石コンロである。
天球儀の契りは、今さら言うまでもないが、乙女ゲームだ。ただ、自由度はかなり広く、メインシナリオの他にキャラクターにフォーカスしたサブシナリオ、素材を獲得できるデイリーイベント、主人公の職業を強化できるジョブシナリオと多岐に渡る。
特にジョブシナリオ。このゲーム、主人公は職業を選ぶことができる。ジョブを極めれば、ユニットに
例えば、私が以前極めた薬師は、魔力1%向上。うん、ジョブシナリオはかなり苦労するのだが、その割に恩恵が少ない――と思うなかれ。そのジョブに適した、三傑イベントが用意されているのだ。これは、やるしかないっしょ……と思える人が、それこぞ全ユーザーの3%いれば良い方と思えるくらい、鬼畜モードなのだった。
初めてレベルマックスにした、薬師。そして細工師、鍛治屋、大工、板前、航海士、詐欺師。転生してから選択した狩人。現在、登録されている職業の一覧である。
私にとっては、作業ゲーの一環だったわけだけれど。だいたい【天球儀の契り】では、ヒロインの魔術はあくまで支援レベル。もしくはメインシナリオ限定。戦闘ではほとんど役に立たないポンコツだった。
このゲームでは、いかにガチャで、優秀なユニットを引くか。そして強化できるか。そこにかかっている。そういう意味でも、主人公のジョブはあくまでおまけ要素でしかなかった。
だけれど、も――。
転生して、
この自家発電型魔石コンロは、鍛治師と細工師のジョブが良い仕事をしてくれた。
使い捨てられた魔石に、初級火炎魔術を付与する。魔石には、魔力を増幅させる効果がとともに、貯蓄するという特徴がある。そうでなければ自然界の魔素を貯蔵できない。以上、第2章のサブシナリオ「魔石コンロを作ろう」より。
必要なのは、初級の火魔石と、熱効率が良いコンロ構造。第2章では、イケメンドワーフの「ムキムキ氏」が鋳造してくれたワケなんだけれど。
(ふふふっ)
職業レベルカンストの私にかかれば、序章前から、こんなモノっしょ! と鼻息を荒くしていたけれど――すぐに自重する。
男が狩る。薪を集める。行商人と交渉をする。女は竈門の火をおこし、料理をし、聖堂で祈りを捧げる。そんな村では、明らかにオーバーテクノロジーだ。
成人の儀、その後。まさか男子は悪魔狩り、女子は聖女としての修練が始まるなんて思いもしなかった。
メインシナリオでは、王立魔術学院に入学後、行えなかった成人の儀を、三傑の一人と行うことになるワケだけれど――。
問題なく、今の私は成人の儀は行えそうだ。このシナリオはおろか、王立魔術学院に行くこともないだろう。だって、魔術学院の入学は、故郷を失った主人公の保護が名目なのだから。故郷は無事。三傑も無事。それ以上もそれ以下もない。
(ま、良いことだよね)
良かった、と。喜ぶべきなんだ。
私は、気持ちを切り替えて、アイテムボックスから片手小鍋を取り出す。山葱、旨味茸、ウザギ肉、香草、岩塩を削って放り込む。大量に作った方が美味しいが、取り立て新鮮な山葱と香草がそれをカバーしてくれる。
(んー。良い匂いっ)
でも、夜食は太るんじゃない? 私の良心がチクチクと胸を抉ってくる。
うっさい――私はそんな心の声に反論する。前世のように、見てくれを気にすることは、なんとも馬鹿馬鹿しい。現世は、簡単に人が死ぬ。食べられることは本当に有り難い。それは、狩りをするからこそ得た実感だった。
でも今はとにかく、この至福の瞬間を味わおう。
スープをマグカップにうつす。
食欲をそそる匂いが、鼻腔を刺激する。
次はコンソメキューブを作ってみても良いかもしれない――そんな、ことを漠然と思った矢先だった。
■■■
「こんな時間に、無防備すぎないか。夜中にスープって……確かに美味そうだが……」
「うっさいし――」
反射的に言葉が出て。
私は思わず、口を片手で覆う。片手はマグカップで塞がっているから。
自分でも、さーっと血の気が引くのを感じた。
王国騎士団長の子息、レン・ラースロット。
月明かりに照られ――彼は半ば呆れ、半ばいつも通りの冷ややかな表情で、私を見下ろしていたのだった。
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