第12話 チュートリアルの途中でバッドエンドとか、そんなのクソゲー以外のなにものでもないっしょっ!


 いつもより、ほんの少しだけ早く起きる。

 いや、ウソだね。


 本当は、目が醒めて寝られなかった。


 今日、三傑は旅立つ。


 盛大に、殿下達を送るのだと住人達は鼻息が荒い。その盛り上がりに反比例して、私の気持ちはずんずんと沈んでいく。


 物語の主人公ヒロインから脇役モブに交代されたような気持ち。いや、違うか。

どちらかと言うと、遊んでいたゲームを取り上げられた、あの時の気持ちによく似ていた。


 ――お姉ちゃんでしょ、ガマンしなさい。


 あぁ、いつもお母さんはそうだった。

 私が大事にしていたゲームのデータを妹が消しても、同じセリフをコピーアンドペースト。お母さんはリピート、リピート。ただ、そんな言葉を繰り返して。


(……そういえば、あっちのお母さんって……それ以外、何か言っていたっけ?)


 あれ、思い出せない? そんなはずは――。


「んんっ……サリア……」


 こっちのお姉ちゃんが、寝返りをうつ。

 起こしてしまったかと思ったが、どうやら寝言ようだった。すーすーと、また寝息が聞こえる。あっちでは姉だった私が、こっちでは妹。こっちのお姉ちゃんは「サリアはもっとワガママを言って良いんだよ」と、いつも言う。


 ワガママ、言っているよ。


 女性がいつまでも狩人の真似事をしているのかって、きっとみんな心の中で思ってる。でも、仕方ないじゃんか。狩人のレベル、カンストしたかったんだもん。でも、ゲームのように、ステータスウィンドーは起動しないし、神具スマートフォンも序章が始まる前では、ただの置物でしかなかった。


「んっ……サリア。今だから言うけどさ……」

「お姉ちゃん?」


 胸の鼓動が早まる。ズキズキ痛い。中途半端な私は、いったいこっちの姉にどう思われているんだろうか。考えるだけで、口の仲が苦くなって――。


「さすがに、その下着は引くと思うんだよね。だって……それ、ほぼ紐じゃん」

「は……?」


 寝言?

 そして姉は、いったいどんな夢を見ているの?


「お姉ちゃんっ?!」


 ゆすっても、叩いても全然、起きない――。


(……そうだったよ)


 今さらながらに、思う。

 お姉ちゃん、一度寝たら、なかなか起きてくれないんだった。


「まったくっ!」


 憤慨しながらも、つい唇の端が綻ぶ。


「お姉ちゃんったら――」


 本当に仕方ないんだから。

 私は、小さく息をついて。


 姉に毛布をかけ直し。静かに狩人装束に着替えて。弓を抱え。それから――そっと外に出た。





■■■





 まだ薄暗いなか、森を突っ切る。

 できるだけ、遠くへ。


 遠くへ。


 ウィリアムやレン、ジェイスの目に届かない、そんな遠くへ行きたい。


 途中で、リコの実をもいで、丸かじりをした

 蜜がじんわりと、口のなかに広がる。


 ゲームではグラフィックすらなかったが、何のことはない、ただの林檎だった。林檎だから、リコ。運営、ちょっとそのネーミングは安易すぎじゃないだろうか?


 いつもなら、この味に満たされるのに。どうしてだろう、蜜の味を感じるご馳走だというのに。今は、どうしても味気なく感じてしまう。


 私は、そんな味覚する振り払うかのように、走る。ただ走った。


 森を抜け。獣道を走る。木と木の間を抜け。道とは言えない道を、走り抜けて。坂道を駆け上がり。木の根を階段にして、リズムよくステップ踏んで。それから、飛び跳ねたら。一気に、視界が広がった。


 最短で山頂に駆け上がったのだ。これはゲーム知識というよりも、幼少期からのの村で育ち、狩人そして過ごすなかてわ培った経験が為す知識だった。


 軽く、息が乱れたから――深呼吸をする。


 このゲーム……【天球儀の契り】はマルチシナリオで、できることはかなり多い。


 その数ある選択肢のなかに、あえて冒険に出ないというバッドエンドがあった。





▷彼女は、村の人達の墓を守ることに、一生を捧げたのだった。



 はじまりの村――天球儀の隠れ里が、魔女ウィズベルに滅ぼされて。三傑の一人を失い、一人が悪魔に墜ちて。失意のまま、立ち上がれず、バッドエンド。


 三傑はいる。

 他にユーザーがいるということは、主人公ヒロインが別にいることっだって考えられる。だって、これほど多彩なシナリオを用意していたゲームなのだ。今さら実は【悪役令嬢】がヒロインでした、と言われても特に驚かない。


 まだ、バッドエンドのダイアログが出てくれた方が、諦めがつく。


 私は一般人モブなんだ。

 だったら、そうなんだとちゃんと教えて欲しい。


 三傑は生き残った。これ以上、私が彼らに関与するシナリオなんて、想像が――。


(だったら……)


 バッドエンドなんだって、しっかりと教えて欲しい。


 いや、違うね。

 バッドエンドなんかじゃないよ。


 三傑が、誰かと当たり前のように幸せになるんだ。


 私が、ずっと望んでいたこと。

 誰も欠けず、三人が幸せになる。そんな未来だか――ら?


(え?)


 幻聴が著しい。

 どうして?


 なんで、この山の上に蹄の音が――?


 まるで馬が駆け上がるような音が響いて。漫然と、音のする方を振り返ろうとした、その瞬間だった。







■■■





▶姉のアリアが、白馬ユニコーンを操りこの山を駆け上がってきたのだ。

▶聖女の魔術を行使。

▶聖女の奇跡が、サリアの体を舞わせる。

▶サリアは、姉にしがみつく形で、鞍の上に座らされた。






■■■






「お姉ちゃん?!」

「サリア、喋らないで。舌を噛むよ? この子、ちょっと暴れん坊だけど。一番、早いからね。任せて!」


 そう言いながら、手綱を絶妙なバランスで引く。この悪路を、白馬は迷いいなく駆けていく。


「お姉ちゃん、な、何を――」

「ちゃんと、ご挨拶はすべきだって思うよ。サリア、今にも泣きそうな顔になってるの、気づいてる?」

「え――」


 そうだよ。

 知っていた。


 泣きそうだ。

 だって、私……頑張ったんだ。


 三傑のみんなの未来を勝ち取るために。でも、私には何もできなくて――。


 新たなヒロインに、彼らの未来を委ねるしかないと知ったから。


 諦めることは慣れている。

 ちょっと、我慢したら良い。


 前世でも、そうやって過ごしたんだ。今世だって、ちゃんと諦めら――。


(え……?)

 崖沿いを迷いなく、お姉ちゃんは白馬を走らせて。


 街道を移動する一団は、第3王子の一団で間違いない。でも、こんな所からから、お別れの挨拶なんかできるはずもなくて――。


 狩人の技能スキル【遠見】が、肉眼で捉えた。


 護衛団の一人が手をかざす――レンだ。


 レンが付与魔術を、ウィリアムに行使をしたのが見えた。あの光は、魔力増幅の魔術だ。魔術師ユニットが多いと、使い勝手が良い。レンは本当に万能だって、思う。


 馬車のなかから、ウィリアムが手をのばした。

 青白く、明滅して。


 あれは、花の魔術。奇術か園芸でしか使えない、実用性が低い初級魔術だった。土属性の入門魔術といえる。それこそ、子どもが最初のとっかかりで学ぶ魔術――で?


(え……?)


 宮廷魔術師の義子、ジェイスが行使したのは風属性の魔力。


 魔術ですらなかった。

 純粋な力で、花弁が舞う。


 私の方まで。


 花弁が私の耳朶をくすぐる。

 掌に、その花弁がおさまって。


 可愛らしい紫や白の花弁は、胡蝶蘭を連想させた。





▶この花はハーデンベルギア

▶花言葉は「奇跡的な再会」





 そんなダイアログが、瞼の裏に焼きついて。そして、消える。


(シナリオ、まだ終わってないの?)


 花弁の雨は、とめどなく降り続ける。

 街道の道がそれて、第三王子の馬車が視界から消えてなお。



「綺麗だね」


 ニコニコ笑って、お姉ちゃんが言う。

 ごめん、お姉ちゃん。


 そんなお姉ちゃんの言葉も、耳に入らないくらいに。

 三傑が唱えた魔術が、街道を花の雨で、彩って。


 ただただ、三人の美しい魔術に見惚れてしまっていた。






■■■






序章チユートリアル終了しました。

▶現在までのデータをセーブしました。

▶続けて第1章「王立魔術学院とハノーヴァー令嬢」をお楽しみください。

▶特典として、ゲームモードをノーマルモードからハードモードに切り替えます。

▶引き続き【天球儀の契り】をお楽しみください。

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