第8話 説明回はスキップしたくなるっしょ!

「……粗茶でございます」


 姉がウィリアム、レン、ジェイスそれぞれにお茶を出す。だけれども、三傑の三人は誰一人、手をつけない。妙な沈黙が、長の屋敷を――この場を包み込んでいた、


 今、この場にいるのは、三傑。姉、村長、そして私だった。

 長は、三つ編みにした髭を撫でながら、茶を啜る。


「そうですな。国王陛下は当然ながら、我々の事情についてご存知です。しかし、失礼ながら、皆々様。ご存知ないということは、そもそもその資格がないと同義語で言えるのではと――」


「貴様っ!」

「レン、落ち着くんだ」


 とウィリアムが止める。すぐに肩を落とし、レンは椅子に腰をかけた。別にレンは短気でも浅慮でもない。彼はそういう行動をわざと起こし、対象が安全かどうか見定めているのだ。

 ウィリアムはそこまでしなくても良いと、宥めているけれど。


「ただし、此処で見たことを無責任に吹聴されるのも、また困るのです。我々を政治の道具にしないと、代々、陛下は確約をしてくださった。さて、それでは殿下、何をお示しいただけますか?」


 平生へいぜいなら無礼と首を撥ねられてもおかしくない。だが、長は微動だにしない。ウィリアムは、その視線を平然と受け――それから、私に自然を向ける。


(はへ?)


 跪いて、私の手を取った。


(ウィリアム、逆? 本来は私の方が跪いて、伏礼を――)


 第3王子は、私の甲に口付けを落とした。


(あひひひひひ、む、むむむ、無理?!)


 ブンブン、私は首を横に振る。し、心臓が――心臓が足りない。追加の心臓をお願いします、運営! 私の心臓がもちません、もう無理ですっ!


 そんな私の想いなんか、微塵も知らないと言わんばかりに。ウィリアムは、満面の笑みを溢す。


「天球儀の姫巫女とお見受けします。姫巫女と魔術契約を契らせていただけたら。貴女の剣として如何なる時も、私が馳せ参じましょう」


 第3王子が、何を言っているか。結本当に構です、私の理性が強制終了してしまうから、もう勘弁して――。


「結構」 


 長が口を挟む。里としては、迎合はしないということか。つい、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「殿下の覚悟、しかと受け取りました。ただし、ここで話せることは、あくまで表面上のこと。それだけは、ご了承ください」


 結構……って、承服したってこと? 言葉って難しい! 長、分かりにくい!


「心得た」


 ウィリアムがコクリと頷く。


「そもそもは、初代ローデンブルグ王――つまり始祖王の時代に遡ります。彼が魔術を興したとされていますが、それは正しくありません」


 長の話を聞きながら、私は欠伸をかみ殺すのに必死で。

 度々、ストーリーシナリオを巡回している身としては、もう耳タコである。アップデートで、解説やセリフをスキップできるようになったが――。


 ▶エラー。その指示は実行できません。運営より許可されていません。


 だよねぇ、知っていた。むしろ、それで良かったって思うけれど。現実リアルでそれができたら、私はむしろ笑ってしまうかもしれない。


(それにしても……始祖王かぁ)


 始祖王が原初の悪魔と契約をして、この世界に初めて魔術という概念が生まれた。最初の魔術国家として、ローデンブルグ王国は栄えることになるが。魔術行使の残渣「魔」が蓄積していくことになる。


 この魔こそが、人間にとっての厄災「魔物」や「悪魔デーモン」を増やすことにつながったのだ。銅像で美化されているが、最悪の醜男ブスだった。


 三傑に寄生して、その魂を乗っ取ろうとしたシナリオは、原初の悪魔に次いで、最悪のシナリオといえる。女子としては、BLは嫌いじゃないけれど、三傑と始祖王のデッドエンドは正直、オンラインゲーム史上最大の悲劇と某匿名掲示板言わせた運営の罪は重い。


 天球儀とは「魔」を振り撒くことなく、魔術を行使していた古代文明の技術。【はじまりの村】は、そんな先代文明の生き残り。ゲームでは、この序章、魔女によって壊滅させられるワケだけれど――。


 あぁ……でも、知っている内容を繰り返し聞くのは……やっぱり眠い。


「問題は、我々は成人の儀を終え、男性は悪魔狩りに。女性は聖女の務めを果たします」


 ほぇ?

 何それ?


 それは、私の知らない情報だった。


 聞かなきゃ。

 ちゃんと、聞かなきゃ。


 ――そのなかで、サリアは稀有な子です。彼女は聖女の素質をもちながら、悪魔狩りの才も有る。本来はあり得ないことです。


 長はボソボソっと呟く。

 これ、すごく大事な話じゃない?

 でも、瞼が重い。眠気が――。



 ――お、おいっ?

 ――魔力の使い過ぎだよ。魔石を使わずに魔術の行使とか、そもそも無理なんだって!

 ――レン触れるな。かつ落とすなよ。

 ――殿下、それは流石に無理というものでは……?


 ぽふっ。

 多分、私を受け止めてくれたのはレンだ。鎧を外して軽装だからか、痛くない。筋肉質なその感触。ウィリアムの時もそうだが、実際にレンが触れられているかと思うと、私の心臓がもたない。もう、これ以上は……。


 トクントクン、心臓が早鐘のように鳴るのは……?


(レン?)


 これはレンの心音なんだろうか?

 平常心というには、刻むリズムが早い。


 あのレンが――?

 でも私は知っている。


 冷静に徹しようとしながら、ドコか空回りをして。第三王子を失って、騎士であることそのものの意味が分からなくなり、迷走した第1章。


 レンだけじゃない。みんなが、それぞれそうだった。

 彼らにとって、その救いが主人公ヒロインだった。


 仮に私がヒロインで、【天球儀の契り】を得て。あの惨劇を知る主人公ヒロインだから。まるで傷を舐め合うように、主人公ヒロインを求めた。そんな理由で彼らは、故郷を失った主人公を、王立魔術学院に推薦したのだ。


 でもこのシナリオでは――三傑は健在。

 故郷も無事。

 どう考えても、メインシナリオが進むとは思えない。




(これで、もう終わりか――)


 意識が微睡む。

 瞼が落ちる。


 カーテンを閉じるように。

 光が、線を引き。


 そして、ゆっくりと閉ざされて。

 鉛のように、意識が。

 沈み込んで――。





■■■





 ――あの娘の魂はあまり脆い。殿下、ご無理を承知でお願い申し上げます。どうかあの子をお救いください。





 どうしてだろう。

 最後に、姉の声が響いた気がした。

 

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