第7話 こんな絶体絶命、ゲームでプレイしたことないけれど、みんなで力を合わせてクリアーするしかないっしょ!



「待って! 待って! 私、自分で歩けるから!」

「それは無理だと思うけれど?」


 ウィリアムは私を抱きかかえ――いわゆるお姫様抱っこをしながら、ふんわりと微笑んだ。


「だって、この剣は魔術で創り上げたものでしょ? ジェイス、こういうの何て言うんだっけ?」

「……創造魔術」


 ぶすっとジェイスは答える。私のができず、拗ねているらしい。なんて、可愛い――じゃない。これ以上は心臓がいくらあっても足りない。


(でも、流石たよね)


 つい感心してしまう。流石は宮廷魔術師の養子と言うべきか。魔力で、魔素をかき集めて、不純物ゼロの物質化に昇華。天球儀の加護が成せる業。


「でも、こんな魔術、僕はお目にかかったことないよ」


 錫杖を抱きしめながら、ジェイスは呟く。それはそうだと思う。天球儀の加護は、忘れ去られた神の加護なのだから。


 この間もジェイスの風魔術で、速度を向上。レンの付与魔術でジェイスの魔術を全員に付与。ウィリアムが負荷軽減の支援魔術を行使さていた。このなかで、負荷が軽いのはウィリアム。が彼の役目となるのも必然だった。


「殿下、やはりその荷物は私が――」

「ダメだよ、レン。彼女は俺の恩人だって言ったはずだ。蔑ろな対応は許さないし、そもそも気安く触れられるなんて思わないで欲しい」


「……失言でした」


 レンは口を噤む。そんな彼を見やりながら、私は――天チギコアユーザーなら誰しも「可愛い」としか思えないはず!


 だって、レンは主君最優先。ウィリアムに重労働をさせるなんて、もってのほか。そして王族と平民の区別分別は、騎士――貴族として当然の責務。ここを蔑ろにすれば、それこそ王家軽視と言われかねない。彼は騎士としての矜持を護りながら、最大限の譲歩として私を運ぶと言ったのだ。


「殿下、お疲れでしょう。僕が――」

「ジェイス」


 ウィリアムはにっこり笑う。


「このか弱い乙女を護ることに名誉こそあれ、疲れが出るものか。君とは鍛え方が違うよ」 そう言われたらジェイスも、反論のしようが無い。私のついてくるのがやっとだったジェイスの体力を考えれば、まさに正論だった。


 ――チッ。

 王族に舌打ちはどうかと思うけれど。


「それより、サリア」

「はひ?」


 まさか私に、話がふられるとは思わず、目が点になる。


「もう少し、スピードを上げたい。君が言う魔女は、我が国に害を為す存在となり得る。そうだろう?」


 私はコクンと頷く。ウィリアムも、小さく頷いた。


「ジェイス、天才のお前なら魔術の出力を上げることも造作ないな?」

「……御意。殿下の仰せのままに。魔石も十分あります」


「レン、遺跡を抜けたら。お前は、

「承知しました」

「それからサリア」


 ウィリアムが、私の耳元で優しく囁く。


「ご覧の通りだ。しっかり掴まっていて欲しい。舌を噛まないように」


 私の手に触れ。そして促した。え? これ――待って。これって。ホールドオン、首にしっかり抱きついてるしまって……? 近い、近いよ!?


「心配しなく良い。怖かったら、目を閉じていて」


 ウィリアムが私の髪を撫でる。それから、瞼に掌を当てて、視界を閉ざす。私はただ、ウィリアムを抱きしめるしか、術は無かった。


「風魔術【加速アクセラレータ】起動」


 ジェイスの呪文が風に溶けて。

 風圧に押し潰されそうな錯覚にのまれ――。

 私は小さな悲鳴を上げながら、ウィリアムに抱きついてしまったのだった。







■■■








「あり得ない、あり得ない! こんなシナリオあり得ない!」


 羽ばたきながら呟く。


「だって、オンラインゲームなのよ? 多くのユーザーに影響が……」


 考える。思考する。それなら、と――。


「シナリオを軌道修正すれば、システムの負荷もそこまでじゃない可能性も?」


 呟く。唇を綻ばせて。


「それなら、最初の予定通りに……【はじまりの村】を……」


 笑む。

 やっぱりか。


 魔女ウィズベルなら、当然そうするだろう。

 だってこの村は、天球儀の契りを――。


「飛べっっっ、レンっっ!」


 ウィリアムの声が響く。


「はっ!」


 私達は遺跡を飛び出した。眼前に広がる、燦々と輝く太陽が痛い。


「な、なに?」

「付与魔術【跳躍ジャンピング】起動!」


 レンが魔術を実行した。跳ぶ。飛んで――翔ぶ。

 いわゆる竜騎士部隊が、得意とする魔術だった。竜のように駆け、制圧する。槍騎士の至高。レンが目指す、究極の姿。


 三傑はそれぞれ、大切な人を失い、もてる力を発揮できなかった。傷を癒やすのに、時間がかかったのだ。


 でも今――三傑は、誰も失っていない。

 躊躇する理由は、何一つなかった。


 天球儀の加護が生みだした創造魔術の一つ【騎士の銀閃】が、魔女の片翼を打ち破る。


「バカ、な――」


 魔女が、バランスを崩しながらも――ニヤリと笑う。その口から牙を剥き出しにして。


(ウソ? 今、序章チュートリアルよ? 【神夜の貴族】に陞爵しょうしゃくするのは、まだ――)


 考えている場合じゃなかった。私はあらん限りの声を振り絞る。


「……みんな、逃げてっ!」

「遅いわっ!」


 魔女は歓喜の笑みを漏らす。

 その口から灼熱が吐き出されようとしていた。それは悪魔デーモンの祝福。現界した悪魔の先触れ、挨拶代わり。この一帯を焦土に変えてしまう。

 私は目を瞑り、現実から目を逸らそうとした――その直前だった。




 無数の矢が、雨のように降り注ぎ、魔女を貫く。


(え?)


 見れば、村の狩人達が丘から、弓を引くのが見えた。


(……あの矢は、天球儀の加護……?)


 唖然として見る。

 確かに【はじまりの村】は、始祖王出生の地であり、始祖王を止めようと立ち上がった、天球儀の民、その隠れ里だった。でも、その技術はとうに朽ちたはずで。ゲームの中では以降、隠れ里が語られることはなく――。

 そんなことよりも、魔女が嗤っている。


 ――遅い。悪魔デーモンの祝福は、もう放たれた。


 その口から、深紅の吐息が放たれて。

 三傑がそれぞれ、神具を構えるが、もう遅い。どう足掻いても、あの熱量は間に合わない。私は、今度こそ終わりを覚悟して――。





「よく頑張ったね、サリア。でも、ここからはお姉ちゃんに任せなさい」


 姉だった。

 いつものどこか、頼りない面影はどこにもない。



 お姉ちゃんは、確かにそう呟いた。


「我、聖女は汝と契らん。護人もりびとを守るための聖域となれ」


 印を結ぶ。結び直す。さらに、結んで。

 深紅の光と、銀色の光が衝突して。


 眩しい。

 目が、とても開けられない。


 姉の表情に苦悶の色が滲む。

 押し負け――悪魔の祝福が、加護を食い潰そうとした、その瞬間だった。


 三人の影が、飛び上がる。

 影がのびて。


 剣を薙ぐ。

 槍で払い、錫杖から魔術を紡ぐ。

 光が――。


 黄金に輝く光が。

 銀色に煌めく一閃が。

 包み込むような、深い紫光バイオレットライトが。



























 悪魔デーモンの祝福を、飲み込んだ。

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