第6話 序盤で最強武器の召喚は、それこそ最強というしかないっしょ! だから……距離が近いのは少し勘弁して欲しいんですけど……きょ……距離が……。


 磁力の魔術で、私はウィリアムを引き寄せた。

 支えきれず、つい倒れた柱に背中を打つのだから、主人公としてしまらない。

 と、ぐっと引き寄せられた。


「……大丈夫?」


 その済んだアクアマリンの双眸で覗かれて、私はドギマギしてしまう。いや、私は悪くないよね? 享年16歳、初恋は中学の先生。その後、あの先生が援助交際をしていたと知る。


(オトコなんか、みんなクソッタレ!)


 そう思った私、悪くない。そのタイミングで出会ったのが【天球儀の契り】――テンチギだ。過去回想編で流れる、三傑の姿が焼きついた。この三人をなんとか、救えないかと思っていたけれど。それが、現実に叶いそうで。


「俺にできることはある……?」


 ウィリアムが素直に聞いてくる。


 頭でっかちだけれど、冷静なレン。

 奇想天外な発想をもつジェイス。

 柔軟な思考をもつ、第3王子・ウィリアム。彼は全属性を操れながら、出力の低さを悩んでいた。でも、なんのことはないんだよね。しっかりと学ばずして、魔術を行使できるほど、この世界は最強チートじゃない。


 第1章で、中級魔術を行使したと勘違いしていた、王立魔術学院の〝お貴族様〟。それ、魔術ではなくて魔力の放出だから。そう指摘するジェイスが格好良いんだよね。惜しむらくは、ジェイスがウィリアムに、そう伝えてあげたら良かったのだけれど。


 ウィリアムの家庭教師が、第二王子派であることも問題だった。このゲームの運営は、時々あまりにも三傑に優しくないと思ってしまう。


「こんな俺だけれど、きっと盾ぐらいにはなれる」

「殿下、なんてことを!」

「耳元で吠えないでよ、うっさいなぁ」


 三傑それぞれの言い分に、私は苦笑が漏れる。こんなやりとり、過去の回想シーンでしか見られなかったんだ。これで、たぎらなかったら【天チギ】ユーザーとして失格でしょ?


「王国の若き太陽、ウィリアム殿下に申し上げます。高貴なる者の社会的責任ノブレス・オブリージユを果たす覚悟はございますか?」

「娘、無礼だぞ――」

「レン、無礼は君の方だ。彼女は俺の恩人だ。口を慎め」

「……はっ。失礼しました」


 レンは伏礼する。複雑な表情で、私を見る。うんうん、レンはそれで良い。簡単にデレられたら、私の心臓がもたないからね。もしもシナリオが進んだと仮定して、一番情熱的に主人公ヒロインを溺愛するのは、レンだから。


「むしろ、こちらがお願いしたい。俺は君を信じる」

「あ、は……い?」


 それは嬉しい。嬉しいけれど、ウィリアム? ちょっと近くない? 私の心臓がもたないから、もう少し自重してもらえると――。


 と、ドギマギしている場合じゃなかった。パンパンと頬を叩いて、気持ちを切り替える。私は火に油を注ぐことを覚悟し、レンに言葉を投げかけた。


「レン様、失礼を承知で申し上げます。主君を護る矛を欲されますか?」


 レンはその両目を大きく見開いた。

 ――むしろお前が、悪魔の術を使っているのでは?


 そう彼なら言いそうだ。それならそれで良いって思う。既にウィリアムの覚悟は聞いた。無理ならムリで――。


「それは、真実まことか?」


 レンは真っ直ぐに、私を見据える。私は小さく微笑んで、肯定した。そして、ジェイスは――。


「僕は、魔術師生の全てを、サリアに捧げるって、もう決めたからね。君の魔術は、本当に興味深い。君の謎を一生かけて、解かせてもらうからね?」

「は……はい?!」


 土壇場でプロポーズともとられかねない台詞を、ジェイスは躊躇なく吐いてきた。私の耐性を突き抜けて、容赦なく胸を抉る。


(落ち着け、私。私は主人公ヒロイン。こんなことで、いちいち気持ちが動転していたら心臓保たないって)


 天球儀の契りは、乙女ゲームだから、当然、ターゲットは女性。全年齢を対象にしているのだが、ところどころ過激な描写がある。一緒にお風呂、同衾、果てはボカしているけれど、その行為まで。


(だから今は余計なことは考えない! 集中! 集中っ!)

 そう心の中で念じれば、ジェイスが無邪気な表情で首を傾げる。


「チューがどうしたの?」

「にゃ、にゃ! にゃんでもないっ!」


 私は気を取り直して、天球儀の加護を起動させる。

 魔力がもつか。


 正直、三傑全員分を具現化させるのは初めてだ。

 でも、妥協なんかしてあげない。


 魔女ウィズベルが、私を睨む。


 本来なら、悪魔デーモンに墜ちた英傑の一人が【はじまりの村】を徹底的に焦土にする。主人公ヒロインは故郷も、家族も――帰る場所を失うのだ。



 ――サリアが狩ってくれたウサギ、本当に美味おいひいのよねぇ。

 幸せそうに頬張る姉の顔がチラついて。


 姉がヒロインだって、ずっと思っていたから。

 その後、私も頃合いを見て逃げ出せば良い。

 そう思っていたのに。










『『『『『『サリア!』』』』』』








 ひどいよね。

 今になって、優しいあの人達の顔がチラつくんだもん。


 ゲームのキャラクター程度にしか思っていなかったのにさ。


 私は印を組む。

 天球儀が具現する。

 3つの天球儀が、私を中心にクルクル回る。


(ヤッバ……もう、魔力をもっていかれるよ……)


 さらに印を組み、祈る。


「天球儀の加護よ、英傑に示せ。王者と騎士と賢者に相応しき神具を今、此処に!」


 恥ずかしい。でも、この呪文の詠唱を恥ずかしがっている場合じゃない。

 それぞれの天球儀が、弾けて。流星になる。

 星屑が粒子となって、私の魔力と溶け込む。


 ウィリアムには、黄金こがね色に輝く剣が。銘を【王者のつるぎ】という。

 レンには白銀しろがねの長槍が。銘を【騎士の銀閃】。

 ジェイスには、紫の錫杖が。銘を【賢者の法典】という。

 その様を魔女は、あんぐり口をあけ、凝視していた。


「ぁ……あ。ありえ、あり得ない。どうして、この序盤で神具を具現化できるの? これはバグよ、重大な……あり得ない……こんなの、あり得な――」


 バサッ。

 その羽根をばたつかせたかと思えば、魔女ウィズベルはこの地下遺跡のなかを滑空し――そして、飛び出した。


「……しまった!」


 私は呻く。序章チュートリアルでは、魔女ウィズベルは声だけの存在。三傑の一人を煽って、洗脳することに徹していた。三傑の一人によって、始まりの村は蹂躙されるのだ。現状の展開で考えれば、魔女ウィズベル自ら、村に手を下すことだって十分に考えられる。

 でも、加護を起動させた私の魔力じゃ、もう――。


「サリア、君の風魔術を学習した。同じように、速度の向上が可能だけれど、どうする?」


「私の得意とする魔術は、付与術だ。ジェイスの魔術を軸に、全員に付与することが可能だが?」


「俺は、支援魔術で、全員の負荷を軽減と魔力の回復をさせよう。初級しか使えないけれど、逆に言うと持続可能だよ?」


 私は、唖然として三人を見た。コクンと頷く。


「お願いしてもよろしいのですか?」


 私は意を決して、声を絞り出す。今こうしている間も、姉さんや村のみんなの笑顔が、瞼の裏側にチラつくんだ。


「任せて!」

「承知した」

「当たり前っ」


 三傑の声が重なって。

 その瞬間、この地下遺跡にふんわりと風が舞って――私の体は、ウィリアムに抱きかかえられていた。





(ちょ、ちょっと待って! 待って! まだ、心の準備が、む、無理、お姫様抱っことか、む――)






 刹那、私たちは風になる。

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