第20話 殺意
そうだよ、もう僕には時間がないんだ。子供だってほしいし、喧嘩をしないで済むミチコと過ごしたいんだ。それなのになんで君と沖縄に来ているのか、自分でもわかんないよ。キャンセルすればよかったかもな。
昨日の話を思いだした。殺してほしい。そうか、私に殺意を抱かせるように、さっきから意地悪なことを並べ立てているに違いない。そう信じたい。私はあえて、すべて聞き流すことにした。
ねえ、さっきから話してるのに、ずっと黙ってるよね。なんか言ったらどうなのかな。
夫から催促されて私はやっとのことで言った。
さっきから聞いていれば私に対する文句ばかりなのに、なんて言ってほしいの。私が悪かった。この結婚は失敗だった。これからはミチコさんと楽しく暮らしたらどう?そんなことを言ってほしくて文句言ってるの?どうせ私が何言ったって、聞かないくせに。好きにすればいいじゃない。
こんなこと言うつもりなかったけど、言っちゃったな。怒らせたかな。
君は冷たいな。いつもそうだ。感情ってものがないんだよね。もう少し相手のこと考えて話すべきじゃないの。そんなんだから、友達だって少ないんだよ。
冷たい。これは先生にも言われた言葉。これを聞いて、私の心の中で何かが、ことん、と音を立てた。こういうのを心が折れるというのだろうか。それと同時に、私は声を上げて泣き出していた。
夫がダメ押しをするように言う。
泣けばいいという問題じゃないよ。大体朝からみっともない。そんな陰気な顔を一日見ると思うとぞっとするよ。
いつまでも泣き止まない私に、夫は言った。
いったん別行動しよう。ここだったらレストランからショップまでなんでもあるから、時間つぶせるでしょう。夕方迎えに来るから。
それだけ言って、まだ泣いている私をショッピングセンターの前でおろした。
私は遠ざかっていく車を見ながら、これで夫が帰ってこなかったら、どんなに気が楽だろう、と考えていた。
気分が落ち着くまでそのとのベンチに座って行き来する人を眺めていた。カップル、団体、家族、修学旅行生。いろんな人が通り過ぎるけど、みんな笑顔で楽しそうだった。夫とミチコが一緒にいることを想像した。楽しい、年の差カップルに見えるんだろうな。
どうにか夫を殺す方法を考えるべきだろうか。いやいや、これから生きていかなければならない私がなんで犯罪者にならなきゃいけないんだ。黙ってみていたって夫は余命、という言葉がちらつく病状になると医者は言った。
だったら、このまま時の流れに任せるというのもありなんじゃないだろうか。一方で、もし夫からのモラハラが続くなら、私は耐えられそうにもなかった。
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