第二十三話 仲間との再会

 憂炎を始め、隊商は全員華理へ送られた。事情を知らない隊員も事情聴取をするらしいが、威龍達はまだ瀘蘭にいた。瀘蘭でやる事がまだあったからだ。


「お姉ちゃん!」

「笙鈴!」


 威龍たちがやって来たのは匿ってくれた客桟だった。

 以前から瀘蘭にあるため外敵だとは疑われず、かつ高台で街から見えない部屋があるという隠れるには格好の穴場だ。

 朱の姿を見ると従業員はばたばたと走りだし、安心した表情で現れたのは匿ってくれた店主だった。


「朱様! お早いお戻りで」

「ただいま。協力有難う、英柏。いつも悪いね」

「いえいえ。私も連絡に手間取ってすみませんでした。予定外が立て続いて」

「おじさんまで朱さんの仲間だったなんてね。哉珂も知らなかったんでしょ?」

「ああ。良すぎる手際からしておそらくそうだろうとは思ったがな」

「いやあ、状況が分からなくて困ったよ。威龍君は雛君と二人で行動してるって話だったし、哉珂殿については聞いてなかったから」

「てめえ。何で教えとかなかったんだよ。無駄に手を焼いただろうが」

「そんな暇なかったんだよ。何しろ薄珂が単独自由行動してくれたから」

「あはは」


 薄珂は悪びれることなく笑った。威龍はいちいち突っ込むことも馬鹿らしいと悟って黙り、この場の全員が同じ思いなのかしんと静まり返った。

 そんな中で朱はこほんと咳払いをし場を仕切り直す。


「まあでも、保険でもあったんだよ。完全別働隊なら客観的な報告をしてもらえるだろう? だから威龍君と雛だけを守るよう頼んでおいたんだ」

「私も共に行く方が良いか迷いました。でも元々は神子――被害者の保護が最優先という事でしたし笙鈴さんの状況も分からない。となればここを離れるわけにもいかない。けどまさか威龍君が笙鈴さんを助け出してくれるなんてな」

「間一髪だったけどね」


 匿われ夜になり、客桟を飛び立った威龍は真っ直ぐ華理へは向かわなかった。

 教会へ残った哉珂と仔空に合流したのだ。


*


 鷹になり朱と合流後華理へ向かうはずが、威龍はくるりと反転した。

 雛を抱えながらこんな事をするのが良いかは分からなかったが、威龍はまだ薄珂のように全てを見捨てられる力は持っていなかった。


「哉珂!」

「は⁉ お前、逃げろって言ったろ!」

「分かってる。でも笙鈴さんだけは助けたいんだ! 俺なら飛んで連れ出せる!」

「無理だろ。子供とはいえ体重がある。長距離は飛べないだろう」

「街の外までなら大丈夫だよ。後は自分で走るか隠れててもらう。ただ他の子供たちまでは無理だ。特に朱さんは絶対に無理だから見捨てる。悪いけど」


 ふいに薄珂の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 威龍が見捨てられるのは最も自分に関係が無い者と、抱えて飛べない者だけだ。

 ここまで来たら薄珂はもっと違う策を出すのかもしれない。けれど威龍にできるのは助けられる一人を助けることだけだった。

 真っ直ぐ哉珂見つめると、哉珂は眉をひそめ大きなため息を吐いた。


「ったく。朱はそもそも教会に来てない。華理へ応援を呼びに行ったんだ。もうそこまで戻ってきてるよ」

「へ⁉」

「あいつは華理宮廷側の人間なんだ。有翼人失踪の捜査をしてたんだが、麻薬売買までやってるとは思ってなかった。準備不十分で応援を呼ぶ必要がある」

「え、何、何それ。じゃあ哉珂は何で一緒に逃げないの」

「俺の仕事は朱が戻るまで教会を見張ることだ。被害者を増やさないこともな」


 哉珂はつんつんっと雛の額を突いた。

 雛は有翼人だ。有翼人を狙う教会の被害に遭うのは間違いない。


「……じゃあ、哉珂も刑部の人なの?」

「いや。俺は朱の手伝いをしてるだけだ。朱直下の部下は他にいる」

「あ、薄珂?」

「それはまた別だな。一旦薄珂の事は忘れてくれ。あいつもまあ、ぶっちゃけ逃げてるよ。最初三人で出かけたろ? あの時華理へ行ったんだ」

「そうなの⁉ 何だよ! 何で教えてくれなかったの!」

「囮だよ。お前と薄珂は『鳥獣人の兄と有翼人の弟』という同じ関係性。万が一の時はお前たちが薄珂と立珂であると誤認させ自分は逃げる。実際薄珂が瀘蘭に来てるって噂が流れて逃げる良い機会が無かったんだ」

「え……? じゃあ俺は利用されただけってこと……?」

「だから言ったろ、あいつは見捨てるって」


 つまり、薄珂は立珂を守るために威龍達を身代わりにしたという事だ。

 聡明で優し気な雰囲気で、誰が見てもそんな非情なことをするようには見えないだろう。今まで何度もそう思い、非情な面を知るたびに信じられなかった。

 けれど薄珂は迷わないのだろう。だから今ここにいないのだ。


(でも仕方ないと思える。それに俺は飛んで逃げればいいだけだ。だから抱っこ紐もくれたんだろうな。見棄てはするけど助かる術は与える。これが薄珂の力なんだ。相手の実力と状況を見極めて采配する)


 威龍はぐっと拳を握りしめた。こんな扱いを受けても怒りがこみ上げないほどには薄珂に興味惹かれ、尊敬すらしている。

 改めて恐ろしく感じたが、早く再会したいとも感じた。

 それを感じ取ったのか、哉珂はくすりと笑ってぽんっと威龍の背を軽く叩いた。


「薄珂はともかく朱の指示は聞かなきゃならん。被害者を出さないためにも笙鈴は助け出す。俺が地下の子供たちを連れ出し騒ぎを起こすから、その隙に威龍は笙鈴を連れて朱と合流してくれ」

「騒ぎってどうするの。危ないよ」

「大丈夫です。教会の傭兵は全て私の部下です。教会の指示には従わない」


 自慢げに言ったのは仔空だ。ここまで何度も助けてくれて感謝しているが、それは金という繋がりだ。教会が即金で高額を支払えば寝返ると言うことでもある。


「……俺反対。仔空さんが裏切ったら終わりだもん」

「お、ようやく警戒心が身に付いたな。だが安心しろ。仔空は朱の部下だ」

「は⁉」

「状況問わず哉珂様をお守りするよう仰せつかっております。薄珂殿が連絡役を受けて下さらなかったので都度指示を仰げないんですよ」

「まあ薄珂はやらんわな」


 威龍はあんぐりと口を開けた。最初から哉珂にも朱にも守られ、彼らがそう動く影には薄珂がいる。

 威龍は尊敬半分呆れ半分でため息を吐くと、哉珂はまたくすりと笑った。


「薄珂への文句考えとけ。それじゃあ行くぞ!」

「うん!」


 そして威龍は祈りの塔へ向かった。外から見た限りでは窓があったが、すんなりと笙鈴が付いて来てくれるかに不安はある。

 できれば説得の手間はかけず連れ出したいところだが、到着して衝撃を受けた。

 笙鈴は威龍が着く数秒前に窓から飛び降りようとしていた。そして本当に飛び降りて、威龍は大慌てで落下する笙鈴を掴んだのだ。


「鴉⁉ 何? あなた獣人?」


 威龍はかぁと小さく鳴き、ゆっくりと笙鈴を地面に降ろした。

 笙鈴は驚きの余り目を見開いて硬直している。説明するために肩から上だけ人化して顔を見せた。


「凄いことするね、君」

「あなたあの時の! どうしてここに⁉」

「説明は後。とりあえずここを離れよう。華理刑部がそこまで迎えに来てるから」

「え、あ、う、うん!」


 そうして威龍は笙鈴を掴んで瀘蘭を出て朱に合流した。

 ただ予想通り長距離を飛ぶことはできず、見つからないよう隠れてもらったのだ。

 その間に朱に合流すると憂炎の捕獲協力を頼まれ、代わりに笙鈴を連れて来てもらう事となった。

 だが笙鈴を助けられたのは本当に間一髪だった。もう数秒遅れていたら笙鈴は地に叩きつけられていただろう。


「まさか十階から飛び降りようとしてるとは思わなかったよ」

「だってお姉ちゃんが変態に買われたって聞いて居ても立っても居られなかったの。けどそれが英柏さんだったなんて」


 笙鈴は英柏を見ると、美帆と並び姉妹で深々と頭を下げた。


「お姉ちゃんを買ってくれて有難う御座いました」

「本当に有難う御座います。お顔を拝見した時はこんな奇跡があるのかと……」

「はは。それも全て朱様のご指示だよ。だがこれも間一髪だった。何しろ高額でね。金払いの良い客が来なかったら買い取れなかったでしょう。ねえ、哉珂様」

「あの馬鹿みたいな値上げは美帆を買い取る資金だったんだと」


 あの時出し渋っていれば美帆は本当にどこかへ売り飛ばされ、笙鈴もどうなるか分からなかった。

 姉妹は店主に深く頭を下げ、ぎゅっと固く握手を交わしている。涙ながらに礼を述べている姿は全員に一件落着した事を実感させた。

 薄珂もにこりと嬉しそうに微笑み、ぽんっと軽く手を叩いた。


「華理へ行こう。立珂の寝顔を見逃す前に帰らなくちゃ」

「今言うことそれか?」

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