第二十二話 裏切り者の逮捕
憂炎の首にぶら下がる羽民教の神具を見て威龍は俯いた。
隊商は神など信じない。信じるのは金と縁だ。日々の売上が命綱なのだから。
けれどその神具は神への、神の子へ忠誠を誓う証だ。
「あんた教会の手先だったのか……」
「おいおい。営業と言ってくれよ」
憂炎は馬車の荷物から一つの箱を取り出した。
そこには鳥獣人専用の睡眠導入剤がぎっしりと詰め込まれている。一般的な薬として販売されるので違法として捕まる事は無い。
だが麻薬としての用途がある事を威龍は知ってしまった。
「薬品は薬局より信用が落ちるから売れないし、だから売らない。鳥獣人なんて希少種用は売れても数が知れてるから扱わない。それを何でこんなに積んでるんだ!」
「一部の方々に売れるからだよ。それも高値でな」
「製法は国の規定に沿ってるのか」
「んなわけねーだろ。だから逃げてきたんだろお前」
「……憂炎は麻薬売買と有翼人を集めるためにやってるのか。雛も売るつもりで?」
「そのとーり。ついでに助成金も貰えるしな」
「笙鈴も他の子たちも、みんな憂炎が連れて来たのか」
「ああ。けど俺だけじゃねえ。他にも契約隊商はいるからな」
「……どうして俺には何も知らせず育てたんだ」
「信用のためだよ。鳥獣人がいるなら鳥獣人用の薬を扱ってても不思議じゃない。お前にゃ自分の意思でここにいてもらいたかったんだ」
「じゃあ最初に迷ったのもわざと? 俺らが自発的に瀘蘭へ行くように?」
「そのとーりそのとーり。何だ。急に賢くなったな。だがまあ遅い」
憂炎はわははと高笑いをした。威龍の行動は全て計画通りだったのだろう。隊員も皆面白そうに笑うだけだ。
「みんなも、隊員は全員知ってるのか」
「女達は知らねえよ。善意の隠れ蓑が必要だからな」
「じゃあ教会の手先は今ここにいる奴だけだな」
「そうだよ。なんだごちゃごちゃとうるせえな。口も塞ぐぞ」
「いいよ、もう聞きたい事は全部聞いたから」
「ああ?」
「ここ全員が共犯だってさ、朱さん」
「あ?」
その時、ぎゃあと悲鳴が上がった。
茂みから数名の男が飛び出て隊員たちを捕らえていく。数名しかいない隊員を数十人の男達が取り囲む。全員が同じ服装で、整った上品さはどこかの制服のようだ。
制服の男たちに守られ率いるように後ろから現れたのは朱で、その後ろには薄珂の姿もあった。
「その制服は……!」
「威龍と雛は中央を統べるかの大国、蛍宮宮廷来賓の友人だ。来賓直々に捜索願が出され、僕ら華理刑部が捜索に当たった」
「華理刑部⁉」
朱はばさりと上衣を翻した。まるで軍の兵が纏うようなその服は高級だが、戦闘を見据える形状は上品な朱にはあまり似合っていない。
けれど難なく着こなす様は、兵を統べる長である事を物語っていた。
「嘘だ! 華理軍は有翼人を採用しない。羽なんてお荷物背負った有翼人は戦闘で不利だからな。お前は有翼人じゃねえか!」
「ああ、これね」
朱はぽいと上着を脱ぎ棄てた。すると肩から脇に掛けてと、胸部あたりにも固そうな紐が括りつけてある。紐を全て外すと、朱の羽がどさりと落ちた。
「二十年以上有翼人のふりしてた変装の達人が知人にいるんだ。便利だよね。一目瞭然で種族を偽れるって」
「てめぇ……!」
「憂炎! そんな事より蛍宮の来賓って天一の薄珂と立珂じゃないのか⁉」
「その通り。薄珂は君の顔と名を覚えた。天一総責任者へも連絡済みだ。君らはもう中央では商売できないよ。薄珂の顧客である明恭ともね」
「くっ……!」
「威龍君たちの保護に来たのに羽根麻薬密売も自白してくれるとはね。営業隊商の逮捕には手を焼いてたんだ。証拠が無いと拘留できないし証拠集めしてる間に旅立たれちゃうし国境超えられたら手出しできなくなるし」
「そうか! 威龍を囮にしたのか!」
「利害の一致だよ。来賓の友人である威龍くんは女の子の救出中だった。なら手を貸さないわけにはいかないよね。哉珂、笙鈴さんは無事かな」
朱の後ろから現れたのは哉珂と、哉珂に背を支えられている笙鈴だった。けれど笙鈴は気丈で、ぎっと憂炎を睨み付けた。
「こいつよ! 私とお姉ちゃんを教会に渡したのはこいつで間違いないわ!」
「小娘!」
「よし。これで被害者の証言も取れた」
憂炎は笙鈴に飛び掛かろうとしたが即座に取り押さえられ、制服姿の男たちが笙鈴を守るように背は隠した。
「朱さんは俺らが着く前から捜査してたんだって。最初から詰んでたんだよ、憂炎」
「馬鹿な! どこで俺らの事を知ったんだ!」
「情報提供があったんだよ。とある人からね。だが君にはもう関係のない話だ」
制服姿の男達は憂炎も隊員も、全員を縛り上げた。
朱は憂炎の前に一枚の書類を突き付けた。そこには憂炎の名と似顔絵と、指名手配犯の烙印が押されていた。
「憂炎並びに隊商隊員。羽根麻薬違法生成及び誘拐、傷害の現行犯で逮捕する!」
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