第8話 異世界驚嘆中

そんな話を俺はアディからは聞いた事がないぞ。


「人間は短い生を繰り返し、過去を忘れ歴史を自分達に都合の良いように変える生き物だ」


吐き捨てるように獣人の男は言った。


獣人は、人より丈夫で長生きなのだそうだった。

文字を持たず、その代わり口伝による伝承を重んじる種族だ。


「流石に、今生きている者にその当時を経験した者はいないが、老人の中には自分の高祖父母が生まれた頃は、まだ獣人と人は対等だったと伝える者がいる」


高祖父ってひいひいおじいちゃんの事だよな。

獣人の寿命はおよそ百五十年だそうだ。

獣人が何歳で子供を生むのかはわからないが、今の老人の高祖父母が子供の頃って事は三百年くらいか、ともすれば五百年以上も昔の話になる。

対する人間の寿命は、アディに聞いた話では四十歳前後。

長生きの者でも六十~七十歳くらいまでしか生きられないそうだった。


……うん。地球でも中世時代の寿命はそんなものだったような気がする。

この世界の一年は地球より少し長いそうだから、俺の思っているよりも長生きなのかもしれないが、何台も世代交代を繰り返した人間が遥か彼方の歴史を忘れ去ることは十分考えられる事だった。


……特に、それが自分達にとって都合の悪いものならば。

唯一残ったのが救世主伝説なのかもしれなかった。


「人間は俺達に比べればあまりに弱い生き物だ。ただ数が多く、そして度し難い程の征服欲と向上心を持っている。穏やかでのんびりとした俺達獣人が従わされてしまったのは自然な流れなのかもしれない」


いや、少なくともあんたは、穏やかとかのんびりとかいう言葉が当てはまりそうにないぞ?

……まあ、どこの世界にも例外はいるよな。


俺の心の声が聞こえたのか、獣人の男はジロリと俺を見る。

俺は慌てて次の質問をした。


「でも、それにしたってあんた達は強いんだ。人間の奴隷になっている必要はないんじゃないのか?」


この男との会話からわかる範囲では獣人の文明が人間に比べてそれ程劣っているとは思えない。

文字が無くとも十分知識はありそうだし頭も良さそうだ。

何故彼らは奴隷なんていう立場を受け入れているのだろうか?


獣人の男の眉間にしわが寄る。


「俺達は争いを忌避している。戦いが最終的に自分自身を破滅させるのだと生まれた時から教え込まれるんだ。俺達は余程追い込まれなければ牙を剥かない。――――そして、人間は支配することに巧妙だった」


人は、獣人を決して虐げたりはしないのだそうだった。

使役し重労働はさせるものの、人間にとっての重労働など獣人にとっては何ほどのものでもない。

奴隷という身分でも衣食住は保証され、その扱いは法令で守られている。


(日本でいう『動物の愛護及び管理に関する法律』ってとこか?)


たしか、動物の虐待なんかを防止して、その適正な取扱いや動物の愛護に関する事項を定めるものだったと思う。

きっと、同じようなものがこの世界にもあるのだろう。

アディの獣人の事を話す態度にも、侮蔑も無ければその存在を軽んじる様子もなかった。

奴隷ではあっても生命は保証され扱いもひどくないとなれば、戦いを忌避する獣人達は実力行使で今の立場をひっくり返す必要性を感じなかったのだろう。


(目の前のこいつは、自分達の奴隷って立場を受け入れてはいないんだろうけどな)


彼は少数派なのかもしれなかった。


実は、奴隷解放が奴隷側から叫ばれ始まる事はあまりない。

奴隷として生まれ育ってそれが当たり前の環境ならば、彼らはそれを受け入れてしまうのだろう。

しかもその環境が苦痛でないのならなおさらだ。

きっと人間の中には獣人を溺愛し大切にする奴だっているに決まっている。


(ケモミミ威力半端ねぇもんな。目の前のこいつだって、時々耳がピクッて動いたり、尻尾がパタパタ動くのが、すげぇ可愛いし)


イケメンとはいえ立派な男。しかもショートソードを突き付けられ脅された俺でさえそう思うのだ。


(うん。きっといる。ケモミミ・シッポ崇拝者!)


俺だけじゃないと信じたい!!



「それにしても同じ神様を信じているっていうのは不思議だな。普通神様って自分達と同じ姿をしているんじゃないか?」


キリスト教も仏教も、八百万の神様を信じている自然崇拝の日本の神道でさえも、神は人と似た姿をしている。

イエス・キリストもブッダも元は人だし、天照大神は美人の女神さまのはずだ。

まさかアディ達の信じている神様にケモミミや尻尾があったりはしないよな?


それに対する獣人の男の答えは簡潔だった。


「神に形など無いだろう」


この世界の神様は実態を持たないのだそうだった。

光であり闇であり、大気であり風である。水や炎も神に準じるものらしい。


「神殿で見なかったのか? ――――神殿には泉があり、その中央の台には燃えさかる炎がある。水も炎もいかなる時も絶えたことはない」


たしかにアディは、この城の神殿には泉があってそこが異世界トリップのゲートだと言っていた。

だとすれば俺はその泉に異世界トリップしてきたのだろう。


「……いや、俺は来た時は気絶していたから」


そんなもん全く覚えていない。

リーファから神殿を案内すると言われた時は断ってしまったし。


「気絶……」


絶句した獣人の男は、次いでおかしそうに腹を押さえると声を殺して笑い始めた。

どうやら俺の気絶は、彼の笑いのツボにはまったらしい。


人の不幸を笑う事はないだろう?

しかも笑うとイケメン度がアップするなんて、なんてイヤな奴なんだ。クソッ、イケメン爆死しろ!


「……ック、ハハッ。お前が救世主でないという事がよくわかった」


納得してもらえて嬉しいよっ!

用が済んだらさっさと出て行ってくれ。

俺は不機嫌顔で獣人の男を睨み付けた。


そんな俺の様子を気にもせずに受け流すと、彼は俺に今夜の事も、獣人の事も一切人間には話すなと言ってくる。


「余計な事を喋れば、殺す」


笑みを引っ込め真面目な顔で俺を脅す獣人は……もの凄く怖かった。

うん。本気だという事がよくわかる。

俺が無条件で頷いたのは当然の事だろう。


「……俺の名前はティツァだ」


なんの気まぐれか獣人の男……ティツァは俺に自分の名前を名乗った。

俺の名前は名乗るまでもないだろう。

俺を脅すだけ脅して、ティツァは来た時同様窓からヒラリと外へ出て行った。




これが、俺がアディに獣人の事を話せない2つめの理由だった。


◇◇◇


「ありがとう」


俺のお礼の言葉に、フィフィは可愛い顔を赤く染める。


「むやみやたらに、俺達に話しかけるな」


ティツァが不機嫌そうに文句を言った。


「別に今ならいいだろう?」


フィフィの揺れる耳から俺は目を逸らせない。

今、俺の部屋の中には俺とフィフィとそしてティツァの3人しかいなかった。


――――2人が、俺付きの奴隷として紹介されたのは昨日の事だ。


「へ?」


「身の回りの世話をする獣人は必要だろう? リーファがこの2人にはユウも会ったことがあると教えてくれたんだ。少しでも顔見知りの方がユウも良いだろうと思ったんだが」


アディの言葉に、俺は半分喜び、半分がっかりした。

ウサ耳ちゃんに世話されるのは、かまわない。

むしろこちらから頭を下げてお願いしたいくらいだ!

だけど何でティツァまで一緒に付いているんだ?

アディの前で神妙に頭を下げてはいるものの、ティツァはもの凄く不本意ですといった顔で俺を睨んでいる。


「そんな世話なんて2人もいらないぞ」


俺は、遠回しにティツァの方を断ろうとした。

なのにアディはダメだと言ってくる。


「獣人は常に2人1組で使役する決まりだ」


……それはきっと、獣人を守るための決まりなんだろうと思う。

いくら身体能力が優れているからって、このウサ耳ちゃんみたいな可愛い女の子をひとりにしたら危険だろうからな。

そういう事なら仕方ないかと、俺はしぶしぶアディの申し出をのんだ。

以来2人は、俺の着替えを手伝ったり、モノを取ってくれたりの細々とした日常の世話をやいてくれている。



――――その結果が、今のこの状況だった。

今は夕食の時間だ。

本来ならば此処にはアディとリーファが居て俺達は3人で食卓を囲むはずだったんだが、何だか面倒な事件が起こったとかでアディは急に来られなくなり、リーファの方も神殿のお務めが長引いているそうで、夕食はご一緒できないという連絡が入った。

ぼっちの夕食確定である。

別にそれはどうでもいいんだが、そうなると途端に俺の扱いはぞんざいになってしまう。


例えば警備の騎士。

アディやリーファが居ないのに同じ室内で俺を警護するなんて奇特な奴はコヴィくらいしかいないんだが、そのコヴィが交替でいない今、騎士は当然ドアの外へ出ている。

外で警護なんて言いながらそいつがサボっているだろうって事なんて見なくてもわかるだろう。

料理を運んだ人間達もそそくさと部屋を出て行って、結果、俺はお世話係の獣人2人と部屋に残されたってわけさ。


本当に此処の奴らって、アディやリーファが側に居る時と居ない時では俺に対する態度が露骨に違うよな。

胡散臭い異世界人なんかに拘わりたくないって事なんだろうが、あからさま過ぎるだろう?

俺がアディにちくったらどうするつもりなんだ。


まぁ、そんな面倒くさい事しないけどな。


どんな状況でも態度が変わらないのなんて、いつも無表情のコヴィと不機嫌なエイベット卿くらいだ。


おっさん2人。

……あ、なんだか考えたら空しくなってきた。


俺は癒しを求めて可愛いフィフィを見つめる。

……うん。文句なしに可愛い。

お尻でピコピコ動くポンポン尻尾、最高です!

ニヘラと笑った俺は、給仕をしてくれているフィフィを手招きして呼んだ。


「一緒に食べない?」


俺の目の前に並ぶ料理はこれでもかってくらいに沢山ある。

いくら俺が食べ盛りの成人男性だとしても十分にお釣りのくる量だ。


(それに、一人で食べるのも味気ないしな)


だから俺が誘ったのは本当に何気ない軽い気持ちだったんだ。

可愛い娘と2人で憧れのディナーデートの真似をしてみたい! なんてつもりは……ほんのちょっぴりしかないぞ!


なのに、俺の誘いを聞いたフィフィは、顔を真っ赤にして固まった。


「えっ……あ、あの……その……」


うん。そんな姿も、もの凄く可愛い!

ヤバい。俺にはリーファがいるのに、浮気しそうだ。

悶絶もので見ていたら、ティツァが俺からフィフィを隠すように間に割り込んできた。


ヒドイ! せっかくの目の保養を。


俺が抗議をこめて睨み付ければ、その倍は怖い目つきで睨み返されてしまう。


「こいつを誘惑するな」


視線だけでもビビっているのに、その声には恐ろしいような殺気がこもっていた。


「誘惑なんてしていない!」


俺は慌てて否定する。

そんなつもりは……本当の本当にちょっぴりしかない。


「俺達獣人にとって、若い雄が雌に食事を与えるのは立派な求愛行動だ」


「へ?」


(きゅ、求愛行動!?)


あれか?

鳥とか虫とかの雄が雌にエサを捕って来て交尾を迫るあの行動のことか?


「ち、違う!俺はそんなつもりはなくて!」


俺は焦る。

ティツァの向こう側でフィフィの青い耳がいつもよりなお一層垂れ下がったような気がしたけれど、そんな事にかまっている余裕はなかった。


「そんなつもりが無いのなら、なおさら迂闊な言動は慎め。まったくお前は……」


俺は、その後ティツァの脅し混じりの説教を聞きながら食事をする破目になった。

なんの拷問だ。

……せっかくの食事が全然美味しくない。

フィフィは、なんだか動きがぎこちないし、俺は早々に食事を切り上げてしまう。

ティツァはそれも気に入らないようで俺をジロリと睨み付けてきた。


俺が不機嫌に睨み返せば、大きなため息をつきながら話しかけてくる。



「……街で、仲間が不審な奴を拾ったと連絡がきた」



いきなりの話に、俺は目をぱちくりとさせた。


「不審な奴って?」


そんなもん拾うのか?


「川に浮いていて、死んでいると思って拾ったら生きていたそうだ。人間に渡そうと思ったら聞いた事の無い言葉を喋ると。」


……それは確かに不審人物に思えた。

ティツァの仲間達は、みんな人間が嫌いな者達ばかりで、何か事がある時には必ず人間よりティツァに先に連絡してくるそうなのだった。


「ひょっとしたら他国の間諜なのかもしれない。人間に渡してしまえば俺達には情報が入って来なくなるから、その前にできれば事情を聞き出したい」


俺の背中を冷や汗が流れた。

言葉の通じないスパイだか何だかを捕まえていて、その話を俺にしてくるって事は――――


「お前に通訳をしてもらいたい」


……ですよね。

俺は、自分の異世界トリップ特典自動翻訳機能を心底恨んだ。

そんな面倒事に巻き込まれたくない!

俺はもの凄く嫌そうに顔をしかめたのに――――


「明日、時間をつくれ」


ティツァは高飛車だった。

俺さまか?

俺さまだよな。

確実に。


しかし、俺はここでニカッと笑ってやった。


「あ、ダメだわ。俺、明日アディ達の大ババ……じゃなくておばばさまに会いに行くから」


そう!

なんと俺は、明日はかねてからの計画通りアディやリーファと、彼らのお祖母さんに会いに行くのであった。


ラッキー!

正直行きたくないと思ったが、こうなれば何が何でも行ってやると固く決意する。

ティツァは、嫌そうに顔をしかめた。


「前王妃か……それでは仕方ないな」


流石の俺さまティツァでも、その計画はどうにもならないようだった。

俺は、帰ってきたら必ず時間をつくって、その不審人物に会うことを約束させられる。


仕方なく渋々頷いた。




後で思い返せば、どうして直ぐにその不審人物に会いに行かなかったのかと後悔するのだが、この時の俺には、そんな事は知る由も無い事だった。


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