第7話 異世界脅迫(されてます……)中

「ふぅっ~んっ」


部屋の中で俺はでかいあくびを1つする。

黒髪の騎士……コヴィノアールがギロリと俺を睨み付けた。

そう、俺は、とうとう彼の名前をゲットしたのだ。

――――いや、男の名前なんかゲットしたからって、それほど嬉しいもんでもないけどな。


彼の名は、コヴィノアール・ジム・ドラン。42歳。

なんと近衛第3騎士団王都駐留部隊の副隊長なんだそうだ。

ご存知のとおり黒髪黒瞳。よく見りゃ整った顔で、ハリウッドスターのジムなんたらとかいう俳優に似ている。名前と暗い過去を持つ男ってイメージがおんなじだ。

いや、コヴィ(当然呼び方はコヴィだ。あんな長い名前いちいち呼んでいられるか)に暗い過去があるかどうかは知らないけどな。


現在、部屋には俺とコヴィの2人だけである。

あくびくらいしたってばちは当たらないだろうと思う。


実際、ここ最近の俺はけっこう疲れていた。

原因は、キラキラ目のおっさん達だ。


「ユウさま。この計画の統計的予測における確率モデルの特定ですが――――」

「ユウさま。この建物の建設プロジェクトの費用便益分析で――――」


いかにも中世ですといったチュニックを着込んだおっさん達が、連日連夜俺を質問攻めにする。

いったいどこの誰が、おっさんの質問攻めを喜ぶだろう?

少なくとも俺は絶対ごめんだ!

なのに、加齢臭がぷんぷんしそうなおっさん達が俺に迫ってくるのだ。

しかし、外見はともかく、彼らは全員アディに案内されて視察した王都の工事現場の責任者や設計者といった名だたる技師達だった。

流石、国を挙げての国家プロジェクトを任せられた男達は違う。

彼らは優秀で、俺の持つ本来であればこの世界では何十年も先の未来にしか現れなかっただろう知識を、貪欲に吸収していく。


(これって、歴史を変えるとかいうヤバいケースじゃないのか?)


タイムパラドックスとは少し違うかもしれないけれど、似たような現状に俺はちょっぴり眉をひそめる。

俺はやだぞ。自分が科学技術を広めたばっかりに、この世界に戦争が起こるなんて事態は。




(……まあ、そんなわけもないだろうけどな)


言う程には心配していない俺は、ひそめた眉をあっという間に戻した。

なにせ俺がこの世界に来たのは、この世界の『神の賜いし御力』の所為なんだ。

つまりは神のご意志だって事で、俺が来た事でこの世界がどうなろうとその責任は全て神にある。(きっぱり!)


無責任だと言わば言え。

もう既にアディとの[よろず相談サイト]でのやりとりで、俺は過ぎたる知識をこの世界に与えてしまっているんだ。

こんな悩みは今更だし、それに俺は、あの疫病事件の時のように、自分にできる事で誰かを救えるのならば、それを行うことをためらったりしたくない!


うわっ……今の俺、滅茶苦茶カッコよくないか?


俺は悦に入り、自画自賛し、思いっきり自己陶酔した。

――――こんな場面滅多にない!


なのに気がつけば、コヴィが冷たい目で俺を睨んでいた。

うん。テンションが上がっている時の冷静な周囲の視線って、半端なく痛い。

俺は心を削られて、ますますぐったりとソファーに沈んだ。



そう、俺は今日、ようやくおっさん達のキラキラ攻撃から解放されたのであった。

アディが「いい加減にしろ!」とおっさん達を引き離してくれたのだ。


マジ感謝する。

例えアディが、「お前達ばかりでユウと話を盛り上げるな!」とか、「ユウは俺の友なのに……」とか、なんだか拗ねた子供のようなセリフを連発し、生温かい目で見られたとしても、俺を助けてくれた事実には変わりはない。


 (アディお前、やっぱり小学生だろ。……こいつが国王で、この国は大丈夫なのか?)


なんて……うん。思っても口にはしないさ。


何はともあれ、アディの命令で俺とおっさん達の話し合いは午前中に限られる事となった。

アディやリーファが、政務や神殿のお務めから解放されるのはたいてい夕方だから、昼からその時間までが俺の自由時間となる。


本当は、アディは俺に政務の間も一緒に居て欲しいようだったが、俺は先回りして断らせてもらった。

政務なんてとんでもない。

エイベット卿が威嚇するように睨んできたが、俺がわざわざそんな面倒くさい事に自分から首を突っ込むような真似をするわけないだろう?


(こいつもいい加減、俺の性格くらい把握すればイイのに)


こういった奴らの他人を量る基準は、いつだって自分だからな。

困ったもんだと俺は思う。



何はともあれ俺は、久しぶりの自由時間をのんべんだらりと過ごしていた。

コヴィの冷たい目は、気にしない方向で行こう。

俺がもう一度、大きなあくびをしようと思った時だった。

トントンとドアがノックされる。

コヴィが警戒しながらドアを開けて、確認してから来訪者を招き入れた。


俺の眠気があっという間に吹っ飛ぶ。

入って来たのは、ウサ耳の獣人……フィフィだった。


フィフィというのは、俺がなんとか聞き出した彼女の名前だ。

ホントはもう少し複雑な発音の名前らしいのだが、俺の耳にはそう聞こえるし、人の声帯では出せない音なのだそうで、フィフィと呼ばせてもらっている。

もちろん、他に人間がいない時、限定だった。


…………そう、俺はアディに獣人達の事を話せずにいた。

話せない一番の理由は、口止めされたからだ。

あの日連れ戻されて、アディにたっぷり文句を言われて、その時にはアディの正体も民衆にバレていたから大急ぎで城へと戻って……そんなゴタゴタの中で言う機会を失ったのが最初の理由。


そしてその夜遅く、俺の元へ以前塔で出会った男の方の獣人が忍んできたのだった。


◇◇◇


二階にある俺の部屋の窓からヒラリと現れた様は、まさしく獣を思わせる身軽さで、俺は人を呼ぶより何より見惚れてしまう。

獣人はあっという間に俺の近くに来て、俺の首にショートソードを突きつけた。


「声を出すな」


鋭い声で命令されたけど、わざわざ言う必要の無い命令だろう。

この状況で俺がまともに話せるはずなんてない。

平和ボケした日本人代表の俺に、この事態は厳しすぎた。

ドアの外では、一応俺の警護をしている騎士がいるはずなのに、この異変に何一つ気づいた様子はない。

コヴィの名誉のために言っておくが、この時俺を警護していたのはコヴィではなかった。


まあ、それだけこの獣人がこういった事に慣れているのかもしれないけれど……


(すげぇっ、本物の暗殺者かよ)


自分で茶化していなければ、俺のヘタレな心臓は止まりそうだった。

ショートソードの光と冷たさに胃の腑が冷える。

ピシリ! と石のように固まった俺の様子に安堵したのか少しショートソードを引いて、獣人の男が言葉をかけてきた。



「お前は本当になのか?」



「――――へっ?」


マヌケにも俺はポカンと口を開けてしまった。


「昼間、俺の仲間に『降りてきた』と告げただろう?」


思わず俺は上を向き天井を見て、そのまま下を向いて床を見る。

慌てて獣人の男がショートソードを引いたが、俺はそれに気づかないくらいに混乱していた。


(降りてきたって、どこからどこへ? ……塔の階段じゃないよな)


考えて……ようやく俺は、昼間獣人の女の子に『降りてきた』のかと問われて、うんうんと頷いた事を思い出した。


(まさかっ、あれか?)


同時に俺の頭の中には、アディから聞いた救世主伝説が思い浮かぶ。


『いつの日にか、この地に金と銀の光を纏いし者が、全ての人々を救うだろう』


(え? えぇっ…………え、え、えっ?!)


「ち、違う! あれはそんな意味では、なくって……」


俺はブンブンと首を横に振って否定する。

獣人の男は、シッ! と言ってショートソードを光らせて俺に静かにするように命令した。

俺は、今度はコクコクと首を縦に振る。


「……そうだと思った」


獣人の男は、小さくそう呟いた。


「救世主伝説など、弱い奴が見るおとぎ話だ」


その意見に100%賛成する。

賛成するからそのショートソードを退けてくれないかなと俺は思う。

俺の必死な願いが通じたのか、獣人の男がショートソードを降ろした。


俺はホッと息を吐く。


もちろんこの状況でも彼がヤル気になれば、俺などはあっという間に殺されてしまうだろう事実は変わらないが、それでも首筋に剣を突き付けていられるのとそうでないのとでは違う。

ちょっぴり安心した俺は、素朴な疑問を口にしていた。


「何でそんな途方もない事を思いついたんだ?」


俺は、降りてきたのかと聞かれたから頷いただけなんだ。

そもそも俺なんかにそんな質問が出ることの方がおかしい。

言葉が通じただけでそこまで飛躍した考えにはならないだろう?

俺の疑問に、獣人の男は、とんでもない答えを返してくれた。


「お前が最初にこの城に現れた時、お前は、の髪をした人の子の王に大切に抱かれ、後ろにの髪をした神に仕える人の子を従えていた。あの言い伝えの本当の形は、『いつの日にか、この地にの光をが降り立ち、全ての人々を救うだろう』というのだ」


俺は、思わず舌打ちをしそうになった。


(アディ! お前、なんて事をしてくれたんだ)


大切に抱かれていたって、まさか横抱き――――お姫さま抱っこ――――じゃないだろうな?


その場面を想像しようとした自分の思考を自分でムリヤリ止める。

俺の顔は羞恥で真っ赤に染まった。

そんなところを他の人達に見られていたのだとしたら……俺は、恥ずかしくて死ねる。


「お前が神殿からこの部屋へと運ばれる間に、お前を見た俺の仲間達は、全員ついに救世主が現れたのだと興奮していた」



…………俺の、人生は終わった。

明日からどんな顔をして外を歩けばいいんだ。


「その上に、昼間の『降りてきた』発言だ。仲間達は間違いない! と浮足立っている」


とんでもない誤解だった。


「本当に違うんだ。俺はそんな救世主なんて大それた存在じゃない」


俺の必死の訴えに、獣人の男は「わかっている」と頷く。



「救世主なんていない。」



その声は……苦く響いた。


俺は、おそらくこの獣人の男が奴隷という身分故に持っているだろう悲しみと絶望にちょっと同情しそうになって、慌てて気持ちを引き締める。

俺に他人を同情しているような余裕は無い。


「お願いだから君の仲間に否定しておいてもらえないか? 俺がこの世界にきたのは、アディが礼を言いたいって呼んだからで、間違っても救世主降臨なんていう御大層なものじゃないんだ」


「礼?」


俺は、懇切丁寧に自分がこの世界に来る原因となった経緯を説明した。


「……そうか、あの疫病が急速に治まったのは、お前のおかげなのか」


「治まったって、俺はアイデアを出しただけで実際動いたのはアディなんだ。本当はそんなに感謝される事でもなんでもなくて……」


「いや。助かった」


なんとあの疫病は、獣人にも広まりかかっていたのだそうだった。

獣人は人よりも丈夫だから感染するのはゆっくりだったそうだが、あのまま疫病が治まらなかったら危なかったと彼は言う。

ショートソードが鞘に納められ懐に戻された。


俺は、安堵で腰が抜けそうだ。


「ともかく、俺は普通の人間で救世主なんてもんじゃないから!」


そこだけは何がなんでもわかってもらいたい!

救世主として異世界トリップなんて、どんな厨二病だよって思う。

……俺は大学院の二年生なんだぞ。断じて、厨二(中二)じゃない!


俺の主張に獣人の男は頷いてくれた。


わかってもらって、もの凄く嬉しい!

心底ホッとした俺は彼の態度が落ち着いてきた事に気を良くして、ふたつめの質問を彼にぶつけた。


「それにしても、なんで人間も獣人も同じ救世主伝説を持っているんだ?」


リーファは、獣人には言葉が伝わらないと言っていた。

そしてあの獣人の女の子も俺が獣人の言葉を喋ることにびっくりしていた。

実際には俺は獣人の言葉を話していたわけではないけれど、彼女達の様子から人と獣人が言葉によるコミュニケーションをとっていないという事は丸わかりだった。


(いや、奴隷として使役しているんだから、簡単な命令の言葉なんかは伝わるって事なんだろうな)


犬や馬なんかに指示を出すのと同じだ。

人と獣人の間の言葉の壁はとてつもなく高いものに俺には思えた。

獣人の男は、瞳に何の感情も表さずに驚くような返事をくれる。


「獣人も人も崇めるは同じだからな」


「え?」


「――――はるかな昔、獣人と人は対等な存在として共に暮らしていたんだ」





(えぇっ?)


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