#24 アイドル系S級美少女のお誘い

 小町と稲荷を家まで送ると、辺りは薄暗くなっていた。

 そのまま家に帰ろうとしていたところで、ぎゅぅぅぅ、と腹の虫が鳴く。今日は昼飯を食べてから集合したけど、運動する前に腹いっぱい食べるわけにもいかなかったから、あんまり食べていなかったのだ。


「たまにはどっかで食っていくかなぁ……」


 今から料理をする気にもなれない。かといって、スーパーやコンビニで弁当を買っていく気分でもなかった。なんというか……ちょっとだけ贅沢をしたい。

 そう思うのは、今日がものすごく楽しかったからだろう。

 小町との時間に、稲荷が混ざってくれた。小町と二人で遊ぶのも十分楽しいけど、三人で遊ぶのもそれはそれでよかった。


 浮足立った気分のまま、俺は駅の近くにあるファミレスに入る。

 が、夕食時ということもあり、店内は混雑していた。少し待たないとダメそうだ。渋々名簿に名前を書こうとすると――


「あっ、こたくんだーっ!」

「……え?」


 予想外の声が聞こえた。

 顔を上げれば、メロンソーダが注がれたグラス片手に立っている客がいる。というか、ふーちゃんだった。

 今日もレッスン終わりなのだろう。レッスン着を身に纏うふーちゃんはやっぱり眩しくて、ファミレスっていう俗っぽい場所には不似合いなようにすら見えた。

 って、そーでなくて。


「夕食か?」

「うん、ちょうどさっき席に座れたんだーっ! これから食べるところだよ!」

「なるほど」


 レッスン終わりであれば、料理をする気にもならないかもしれない。

 かといってアイドルがファミレスかぁ……。

 もっと個室がある店を選ぶなり、ウーバーを頼むなりしたほうがいいのでは? そんな考えが湧いてくる。


「……こたくん?」

「っ、なんでもない。レッスン頑張ったんだろうから、ちゃんとお腹いっぱい食べるんだぞ。俺は混んでるから今日は別のところに行くから」


 余計な説教をしかけて、ぐっと堪えた。

 そういうのはどう考えてもやりすぎだ。ふーちゃんにはふーちゃんの考えがある。俺が忠告せずともちゃんと分かっていると思うし、そうでなくとも、然るべき人がふーちゃんを守るはずだ。俺が出しゃばるべきじゃない。

 踵を返そうとする俺。しかし、「待って」と声をかけられる。


「こ、こたくんが嫌じゃなかったらなんだけど……私と一緒に食べない? それなら待たないで済むかなーって……」

「あー」思わぬ提案に俺は言葉を詰まらせる。「えっと……」

「……こたくんが嫌だなってちょっとでも思うなら、無理はしなくていいよ? 今は二人きり、じゃないから」

「……」俺は押し黙る。


 この前たまたま会ったとき、二人きりのときなら前みたいに話してもいい、みたいなことを約束した。たとえふーちゃんが対策をしていても、やっぱり周囲の目は気になってしまうからだ。

 ふーちゃんはその約束を守ろうとしてくれている。

 だけど、今のふーちゃんは寂しがり屋の子犬みたいにも見えた。


「ふーちゃんがいいなら、一緒に食べてもいいか? もうお腹ペコペコで」

「っ! うん、もちろんーっ!」


 ってことになった。


「こたくんは優しいね。……いつも私の欲しいものを分かってくれるもん」

「……優しいのはふーちゃんのほうだろ」


 敵わないなぁ、って思った。ふーちゃんの持っている特別な魔力と魅力の前には、誰もが無力になってしまう。俺も例外にはなれないだろう。ふーちゃんには一生逆らえない。


 何はともあれ、店員に断りを入れてからふーちゃんの席につく。

 メニューを広げて見ていると、妙な視線を感じた。


「……」ふーちゃんは頬杖をついてこちらを見ていた。「どうした?」

「えっとね、こたくんと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだなーって思ってたの! 昔は遠足とかで一緒にお弁当を食べてたけど……それくらいでしょ?」

「まぁ、そうだな」それも低学年までだったと思う。高学年になったらもう、二人きりにはなれなかった。

「だから嬉しいんだーっ!」


 太陽みたいに笑うふーちゃん。屈託のないその笑みは蕩けそうなほど可愛くて、これはまずいぞ、って気持ちになってくる。まして今はジュースを飲むためにマスクも外してるからヤバい。破壊力マシマシだ。


「それでそれでっ? こたくんは何を食べるのー?」

「えっ」ふーちゃんが身を乗り出してくる。「ど、どうするかな……」


 苦笑交じりに俺は視線を逸らした。

 スレンダーなほうとはいえ、今みたいな前傾姿勢になられると色々と強調されちゃって目に毒だった。ふーちゃんをそういう目で見てしまう罪悪感も重なって、色んな意味でよろしくない。


「こたくん?」と可愛らしく首を傾げるふーちゃん。


 ……アイドルだよな? 無防備っていうか、距離感おかしくないか? 別に何かがチラ見えしてるわけではないけど、それにしても……なぁ?


「ふ、ふーちゃんは何を頼んだんだ?」不自然じゃないように話を逸らす俺。

「わ、私? 私はその……」何故かふーちゃんは恥ずかしそうに言い渋る。「チーズinハンバーグと味噌かつ丼とミートソーススパゲティ、だよ」

「……」頭の中で反芻する。ハンバーグにかつ丼、そしてスパゲティ。「頼みすぎじゃね?」

「ち、違うの! こたくんっ、私の話を聞いて……?」

「お、おう」


 懇願するように言ってくるので、やや気圧されながら頷く。

 どう考えても成人男性ですら食べきれない量だと思うんだが……。ふーちゃんは顔を仄かに赤く染めながら言った。


「最近はレッスンがすっごく大変なの! いーっぱい動くから、エネルギーがたくさん必要でね? どんどん体重も減っちゃうから、今の時期はとにかく食べられるだけ食べなきゃいけないんだよ!」

「なるほど?」

「そ、それに、サラダも頼んだもん! だから問題なし!」


 サラダで解決できる問題なのだろうか?

 だが、ふーちゃんの言ってることは理解できた。知らないうちに大食いになっていたわけではないらしい。前に男性アイドルがライブ一日やっただけで体重が数キロ減ったって言ってたのを聞いたことがある。それと同じなのだろう。


「ま、そういうことなら俺も気兼ねなく頼めるな」


 なんて言いながら、俺は呼び出しボタンを押す。

 やってきた店員に手短に注文する。和風ハンバーグとねぎとろ丼、それからからあげセット。ふーちゃんとは違い、俺の場合はこの量がデフォルトだ。体がデカい分、食わないとやってられない。


「こたくんのそーゆうところ、好きだなぁーっ!」

「『いっぱい食べる君が好き』的な?」

「『一緒にたくさん食べてくれるこたくんが好き』、かな」

「語呂悪いな」俺は苦笑する。そうやって気恥ずかしさを誤魔化した。


 むぅとむくれたふーちゃんは、「分かってなさそうな顔ーっ!」って言う。

 ばつが悪くなって、俺は話を変え。


「レッスンが大変ってことは、もうすぐ何かあるのか?」

「うん、そーだよ」ふーちゃんは頷く。「ゴールデンウィークにライブがあるんだーっ!」

「へぇ」と言ってから思い出す。「Tbitterで見た気がする」

「広報担当の人が頑張ってくれてるからねー」


 と笑う文ちゃん。

 ……まぁ、文ちゃんのグループのアカウントをフォローしているので、情報が流れてくるのは当たり前なんだが。


「今回のライブでは、ソロ曲のパフォーマンスもあるんだーっ。だからファンの人たちにいいところを見せられるように、いっーぱい練習してるの」

「なるほどな」


 確か――と記憶を手繰り寄せた。

 ゴールデンウィークの最終日、ふーちゃんが所属する『フラワーベッド』のライブがある。グループ初のソロ曲披露を売りにしていたはずだ。

 だからなんだろうな、と最近のふーちゃんが放課後すぐに教室からいなくなる理由にも納得する。


「あ、あの……それでね?」とふーちゃんが緊張した様子で口を開いた。

「……どうかしたか?」

「う、うん、その…………こたくんが嫌じゃなかったらでいいんだけど」遠慮がちな視線が俺を捉える。「……ライブ、来てくれないかな?」

「えっ――」突然の提案に俺は瞬きをする。「いや、チケット持ってないしな」


 咄嗟に口を衝いたのは、そんな馬鹿みたいな言葉だった。


「チケットは用意するから大丈夫! 家族とか友達を誘えるように、何枚かチケットをもらってるから」

「いや、でも俺なんかが行っても……」

「『なんか』じゃないもん! 私の大事な――大好きな幼馴染だから、来てほしいなーって思うの。私が一人でステージに立つところを見せたいんだ」

「…………」


 縋るような、それでいて、捧げるような瞳だった。

 だからこそ俺は返答に詰まってしまう。

 ふーちゃんがライブに誘ってきたのは今回が初めてだ。それだけ今回のライブに思い入れがあるのか、それとも別の理由か……。

 どちらにせよ何かを変えようとしていることは確かだ。おそらくそれはは、ちょうどよくない形で――。


「あははー。ごめん、わがまま言っちゃってるねっ。こたくんとお話できるのが嬉しくて、つい欲張りになっちゃった。ごめんなさい」


 ふーちゃんの目尻が、きゅぃ、と下がる。それは小さい頃から、ふーちゃんが哀しいのを堪えて笑うときに見せる無意識の癖のようなものだった。

 そんな顔をしてほしいわけじゃない。ふーちゃんにはずっと笑っていてほしい。君が幸せでいられないのは嫌なんだ。


「わがままなんていくらでも言っていいに決まってるだろ。俺とふーちゃんは幼馴染なんだからさ」

「~~っ!? こ、こたくん……」

「不安にさせてごめんな」俺ははにかみながら言う。「予定を確認してただけだ。特にその日は予定もないし、ふーちゃんが呼んでくれるなら行くよ」


 ぱぁ、とふーちゃんの笑顔が向日葵みたいに咲く。

 俺がその様子にほっとしていると、注文した料理がテーブルに届いた。全部は揃っていないが、どんどん食べてしまったほうがいいだろう。


「じゃあ、食べるか」

「うんっ! ライブのことはまた連絡するねーっ!」

「おう」くしゃっと笑って言う。「楽しみにしてる」


 半分は紛れもなく本心だ。ふーちゃんが頑張っているところを見たいとはずっと思っていたから。

 ただ、その奥で七面倒臭い屈託を抱えているだけのこと。――そういうのは、届いた料理と一緒に呑み込んでしまおう。

 美味しそうにご飯を食べて笑うふーちゃんを見ていたら、そんな風に思うことができた。



――・――・――・――・――

こんなにも羨ましい主人公がかつていたでしょうか……!?

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