第9話 『なんて恐ろしい世界なんだ』

 盗賊は捕らえると懸賞金がもらえるらしい。 つまりこれは殺さずに相手を無力化する真っ当な理由になる。


 だが難しいのは殺さずに無力化するという手間。 卑怯な手を使って殺しにかかってくる盗賊を、程よい塩梅あんばいでボコボコにしなければならない。


 これは相手との力量差が大きくなければ不可能なのだ。


「ナイル、手を貸してやる。 でけえ方は俺に任せろ。 とっ捕まえて懸賞金でうまいもん食おうぜ」


「ままま任せてくださいな! サナさんは下がっててください!」


 俺がどっしりと腰を落として構えをとっている(つもりでいる)と、サラーマさんが拳をパキパキ鳴らしながら隣に並んでくれた。


 戦闘に備えて持っていたランタンをサナさんに渡したのだが、心配そうな顔をしながら、


「ナイルくん、へっぴり腰だからすっごく心配だにゃ」


「まあ、さっきまでの立ち回りを見てる限りこいつなら大丈夫だろ」


 サラーマさんは軽口を叩きながら大男を挑発するように指をくいくい曲げる。


 すると挑発を受けた大男はこめかみに青筋を浮かべていた。


「ったくよー! 話し声が聞こえたから様子見に来てみれば、舐めた真似してくれる傭兵どもだぜ!」


「こいつらは殺しても問題ないっすよね」


「たりめーだ。 女さえとっ捕まえちまえば後はなぶり殺して構わねえ」


 油断なく構えながら小柄の男を睨みつけていると、ふと小男の左拳に視線が向かった。 さっきから不自然に力が入っている。


 なぜだろうか、俺は直感で感じ取る。


 初手、相手はきっと砂を投げてくるだろう。


 相手が左の拳を動かした瞬間、目に砂が入らないよう顔をガード。 案の定サラサラしたものを投げてきた。


 俺の挙動を見て呆然とする小男。

 

 『お、さっき覚えたばっかりの戦術眼が役に立ったね』

 『あれって確率何%だっけか?』

 『確か三割』

 

 先ほどダンジョン探索中に覚えたスキル、戦術眼。 相手の行動を低確率で予測できるようだ。


 しかしこれは僥倖ぎょうこうだった。 俺はすかさず相手の懐に入り込んでみぞおちに一撃入れる。


 すると小男はうめき声を上げながら一瞬怯む。 その隙に右手に持っていた武器を叩き落とし、顎を掌底で打ち上げる。


 なんとなく顎打っとけば効果抜群かな? っと思ってそうしたのだが、案の定うまく行ったようだ。 小男は白目を剥いて吹っ飛んでいった。


「おい! 何瞬殺されてやがる!」


「よそ見すんじゃねえ盗賊野郎が!」


 一瞬で無力化された小男を横目に見ながら狼狽する大男に、サラーマさんが全体重を乗せた右ストレートを打ち付ける。


 両腕でなんとかガードする大男だったが、なんかもう……音がやばかった。


「うガァあぁぁぁぁぁ!」


「うわ、えっぐ!」


 サラーマさんのストレートは相当な威力だったのだろう、腕が曲がっちゃいけない方向に曲がってたし、かなりの距離を吹っ飛ばされてしまっている。

 

 『あれ折れたでしょ』

 『サラーマさん強え』

 『逆にグロいぞw』

 

 コメント欄も青ざめている。 さすが一撃の重みが半端じゃないと好評のウォーリアー。


 サラーマさんの職業であるウォーリアーは、体力も非常に多い上に攻撃力もかなり高い。 さながら殴るタンクと言えるだろう。


 味方の防御力をバフできるプリーストやパラディンと組み合わせるとかなり強いらしい。


「ちっくしょうが!」


 サラーマさんに吹っ飛ばされた勢いを利用して逃げ出そうとする大男だったのだが、


「逃げられるとでも思ってるのかにゃ?」


 すかさずサナさんの狙撃が足を貫通。 大男は散々な目にあったようだ。


 こうしてあっけなく盗賊を撃退。 さらに捕獲することにも成功した。


 無事に大男の背中に装備されていた鉄の剣も手に入れることができた。 やったね!


 なんか、捕獲するのはすごく難しいかもと思ってたから拍子抜けだった。


「とりあえず四肢を拘束してこの場において先に向かうぞ」


「置いてったら魔物に襲われたりしないんですか?」


「襲われたりするかもしれないが、そんときはそん時でしょーがねーだろ」


 あっさりした態度でリュックから取り出した縄を、伸びていた小男に巻き付けているサラーマさん。

 

 『なんて恐ろしい世界なんだ』

 『盗賊に慈悲はいらないんだよ』

 『これが異世界なのか』

 

 これから先この世界で、絶対に真っ当に生きて行こうと決めた瞬間だった。

 

 

 ▲

 その後、まだなんとか意識を保っていた大男の方をサラーマさんが脅して盗賊たちに他の仲間がいないか聞き出した。


 こいつらも数刻前にこのダンジョンを見つけたから、お宝がないか探していたらしい。 中に入ったのは二人ひと組で四チーム。 合計八人らしい。


「ひとり5000ポンドと考えると、40000ポンドはくだらねえな」


「今日は美味しいご飯が食べられそうだにゃ!」


「そーだな、こいつらが魔物に食い殺されねえのを願うか」


「う、うっす」


 サバサバした二人のやりとりは顔を引き攣らせながら聞き流し、がっちり拘束した盗賊さんたちを置き去りにして俺たちは先に進むことにした。


 入口付近にモンスターが大量にいたのはこの盗賊たちが奥にいたからで、逃げてきたモンスターが入り口にごった返していたらしい。 これはサラーマさんから聞いた話だが相手はレベル10前後だったらしい。


 つまり俺とサナさんからすると格上の相手だったのだ。 俺は視聴者の方々がいたおかげで余裕で倒してしまったのだが、チートスキルがなかったらどうなっていたことやら。


 盗賊と遭遇してからはモンスターと遭遇することなく、スムーズにダンジョン内を進むことができた。


 どうやらボス部屋はかなり近かったようで、その後はすぐにボスの部屋に到達。


 ずっと狭かった一本道の奥に突然大きな扉が出現し、その扉を見て俺たち三人は自然と顔を見合わせる。


 サラーマさんが大扉を開けると、部屋の中は少し開けた空間になっていた。


 扉の隙間から中を覗いてみると、すでに盗賊さんたち残り六人がボスと戦闘中だった。


 相手はゴブリンキング。 大量のゴブリンを呼び寄せるテイム魔法を使えるようで、中を覗き込んだ感じ乱戦になっているようだ。


 盗賊たちはかなり雑な戦いをしているようで、規則正しい動きで攻め立てるゴブリンたちを相手に苦戦しているように見えた。


「うわ、これがチュートリアルダンジョンってマジすか」

 

 『ストーリーではサラーマさんが足止めしてる間に奥の部屋までダッシュで駆け抜ける』

 『うまく立ち回れば倒せなくもなかった気がする』

 『数が多いだけだからなw』

 

 コメント欄を見る限りそんな強そうな敵ではないみたいだが、立ち回りはかなり重要らしい。 個で自分勝手に戦う盗賊たちが苦戦するというのも頷ける。


 サラーマさんはその状況を見てすぐさま作戦を考案していた。


「あの盗賊どもがゴブリンキングの注意を引いている間に、背後からキング本体を速攻で仕留めるか。 俺とナイルならいけるだろ」


「そしたらサナは、二人に盗賊とかゴブリンが近づかないようサポートかにゃ?」


「そうだな。 俺とナイルがキングと戦闘になったら、サーベルキャットを撹乱に使って弓で援護を頼む」


 二人とも判断が非常に早い。


 コメント欄を見る限りでも無理やり倒す際一番簡単な立ち回りは、プレイヤーがゴブリンたちの注意を引いて逃げ回ってる間にサラーマさんにキングを仕留めさせるというのが一番多かった。


 俗に言うトレイン戦法を使うらしい。


 序盤からレベル十三というステータスの上にHPが多いサラーマさんはゴブリン程度の攻撃ではほとんど怯まないらしい。


 さっきゴブリンジェネラルの棍棒から慌てて守ってあげたが、もしかしたら余計なお世話だったのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、サラーマさんに頭をこづかれて「お前、ちゃんと話聞いてたか?」と説教を受けてしまった。


 どうやらこの様子だと、このダンジョンの探索は何事もなく終了しそうだ。

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