第8話 『あの足の震え、十六ビート刻んでんな』

 ダンジョン内は年季を感じる石造りの一本道が続いており、圧迫感を感じる。 ところどころ天井から雨漏りしており、石壁のつなぎ目には苔がびっしり詰まっていた。


 一本道なのはメリットもあるがデメリットもある。 一つは敵が襲ってくる方向が限られるということだ。


 ほとんどのゲームはダンジョン内で決まった配置にモンスターが待ち伏せているか、ランダムでリポップするか、色々なパターンがあるだろう。 まあここは異世界だからそこら辺は知らんけど。


 とは言ったものの、この一本道なら敵が襲ってくるのは前方か後方のどちらかになる。 前方には比較的耐久力のあるサラーマさん。 後方には危機察知能力が高いサナさん。


 俺はその間に挟まれる立ち位置で攻略中のため、比較的楽をできる。


 デメリットとしては退却しづらいこと、狭いせいで戦いづらいことなどが思い浮かぶ。 特に武器が大きいサラーマさんなんかは全力で戦うのは難しいだろう。


 そのせいか襲ってくるモンスターを素手で蹴散らしていることが多い。 筋金入りの脳筋である。


 ダンジョン内に入ってから数分。 三度の会敵をしているが、ほとんど襲ってきたモンスターにとどめを刺しているのは俺だった。


 前方からの攻撃はサラーマさんが受け止めている隙に俺がグサリ、後方からの攻撃はサナさんが仕掛けた罠で相手の動きを封じてくれるからその隙にグサリ。


 ゴブリン八体とキラーラビット四体。 体感だとキラーラビットの方が経験値が美味しい。


 スマートフォンで確認してみた結果、俺のレベルは三も上がっていた。


 レベルを確認した際に気が付いたのだが、現在俺はサラーマさんとサナさん二人とパーティーを組んでいるらしく、二人のステータスも確認することができた。

 

 サナ バステト族

 職業:レンジャー ・Lv.8

 体力:69

 魔力:26

 攻撃力:24

 防御力:26

 素早さ:30

 幸運:28

 

 戦闘スキル

 ・初級弓術

 ・眷属召喚・サーベルキャット

 ・トラバサミ

 

 サラーマ セベック族

 職業:ウォーリアー ・Lv.14

 体力:87

 魔力:25

 攻撃力:48

 防御力:32

 素早さ:26

 幸運:47

 

 戦闘スキル

 ・初級斧術

 ・大木両断

 ・根性

 ・剛腕

 

 二人ともなかなかにレベルが高くてビビった。


 ダンジョンに入る前、サラーマさんは元々レベル十三、サナさんはレベル五だったらしい。 これは視聴者から得た情報だ。


 割とレベルがいい感じに上がってきているため、このダンジョンは攻略するのにちょうどいいのだろう。 俺はレベルが三も上がったため新しいスキル【戦術眼】を覚えていた。


 この調子で色々なスキルを取っておけば後々便利だろう。


 だがしかし、視聴者さんたちのコメントを見てみると不安要素が少し浮上する。

 

 『なんかモンスター多くね?』

 『わしがプレーした時はこんなにレベル上がらなかったぞ』

 『これはまたしてもイレギュラー?』

 

「ちょっとフラグ立てないでくださいよw」


「フラグってなんだ?」


「サラーマさんに言ってません」


「また独り言か……一体誰相手にしゃべってるんだお前は」


「天の声が聞こえるんですよ」


「天の声……ねぇ」


 サラーマさんが周囲を油断なく警戒しながらも、呆れたような声音で復唱してきた。


 暗いダンジョン内は視認できる範囲はおよそ四、五メーター先が限界だ。 真ん中に陣取っている俺がランタンをかざして歩いているが、ランタン一つでは照らせる範囲に限界がある。


 ダンジョン内にご丁寧に松明など置いてあるわけもなく、真っ暗な道を視覚と聴覚を頼りに慎重に進んでいくしかない。


 ゲームとかだと割と画面設定いじれば暗いところでも見えたりするのだが、現実世界ではそううまくはいかない。


 視聴者たちとも俺の視界は共有しているようで、自分がプレーした時より暗い気がするという声がちらほら出ていた。


 その後もダンジョン内を探索し続け、数分。


 途中に分かれ道がいくつかあったのだがそこは視聴者さんたちが正しいルートを案内してくれたおかげで迷うことなく進むことができている。


 視聴者さんたちのコメントがなかったら今頃何回道を間違えていたことか、考えるだけで恐ろしい。


 それに嬉しいことがもう一つ、視聴者さんたちは正しいルートを教えてくれるだけではない。


「おい、ナイル! 次はどっちだ?」


 サラーマさんが立ち止まって俺に指示を仰いでくる。 またしても分かれ道だ。


 俺はすかさずコメント欄をちらりと伺うと

 

 『右は行き止まりですけど宝箱がありますよ』

 『そこ右に曲がると鉄の剣があるぞ』

 『鉄の剣は取っとけ』

 

 ここはチュートリアルダンジョンという話だった。 ソルジャーが装備できるから剣を宝箱の中に入れてくれたという運営の優しさを感じる。


 俺は迷うことなく右の道を指差した。


「右の道は行き止まりっすけど宝箱があるらしいっすよ」


「おいおいそんなことも分かんのかよ」


「ナイルくん……サナは君みたいな素晴らしい友達ができてとっても嬉しいんだにゃ!」


「なんだか素直に喜べない気がしますけどありがとーございます」


 サナさんは俺がチート能力を持ってるとわかった瞬間かなりゴマすってくる。 とてもわかりやすい女性だ。


 サラーマさんを先頭にして右の道に少し入っていくと、宣言通り行き止まりがあり、ポツリと宝箱が置いてあった。


 もし俺がこれを普通にゲームとしてやっていたら罠なんじゃないかと疑うだろう。 堂々と道のど真ん中に置かれている。


 サラーマさんも罠を警戒してか、斧の柄で軽くつついてから宝箱に手をかけた。 すると、予想外の出来事が発生してしまう。


「あれ? 中身空っぽだぞ」

 

 『なん……だと』

 『そんな、宝箱が空とかいう現象このゲームにあったか?』

 『あるっちゃあるけどそれはここのダンジョンじゃないよ?』

 

「え? なんで? 俺の鉄の剣は?」


「なんで中身まで知ってんだよ」


「本当だにゃ、しかも開けられたのはつい最近だにゃ」


「サナさんなんでそんなことわかるんです?」


 俺の背中から顔を覗かせてきたサナさんがボソリと呟いてきた。


「サナはレンジャーだからかすかな痕跡とかを発見しやすいんだにゃ。 このダンジョンは石床だからよく目を凝らさないと気がつかないかもしれないけど、そこに濡れた靴底の跡がついてるにゃ。 このダンジョンところどころ雨漏りしてるから、濡れた靴の跡がついてるのは不自然じゃないにゃ」

 

 サナさんが宝箱の真下を指差しながらためになるようで全然ためにならない知識を伝授してくれた。 そんな濡れた靴の跡なんて誰も見てないが、説得力はある。


 指摘された靴の跡はここにいる三人のものとは合致しないし、濡れた跡が残るということはここにきてからそんなに時間が経っていないということになる。


 もしや先を越されたか? そんなことを危惧しながら眉根を寄せたその瞬間……


「にゃにゃ! 背後から誰か来てるにゃ!」


 サナさんが小声で俺たちに声をかけてくれた。 しかし俺たちはランタンの灯りをともしてしまっている。 見つかっているに違いないだろう。


「おーっと、これはこれは。 お前たち傭兵だな?」


「ケッケッケ! 女がいやすぜ兄貴」


「ついてるじゃねえか。 なかなかに上玉だしよ」


 暗くてよく見えないが、野太い声を聞く限りロクでもない連中であることは確かだろう。 まあ、サナさんが上玉だってことは俺も共感するが……

 

 『え? なんかやばいことになってない?』

 『宝箱を餌にして待ち伏せされたか』

 『このダンジョン盗賊なんて住んでたっけ?』

 

 コメント欄も混乱している。 俺がこの世界に来てからというもの、こういったイレギュラーばかりだ。 全く嫌になってしまいそうだ。


 小さく震えるサナさんを庇うように、俺は前に出て近づいてくる男たちにランタンを向けた。


 左目が刀傷で潰れた大男と、額に汚いバンダナを巻いた小男。 二人とも体臭が臭そうだ。


「おーっと、なんだなんだ? お前はその女のボーイフレンドか?」


「嬉しい勘違いをしてくれますね。 それにしても、典型的な三下発言ごくろーさんです」


「なんだこのガキ、舐め腐りやがって」

 

 『くぅー! かっくいいよナイルたん!』

 『脳が、震える!』

 『相手盗賊って……ナイルたん人間が相手だけど大丈夫?』

 

 コメント欄を横目にしていてハッとする。 ここはゲームの世界ではなく現実世界だ。


 あ、いや。 現実世界って言っていいのか?


 ともかく、今俺が生きている以上、俺に取ってはここが現実世界。


 つまり今からこの盗賊たちと戦うということは、俺と同じ人間に怪我をさせるということ。


「あ、やばいどうしよう。 人を切るだなんてそんな恐ろしいことできるかな」


「ナイルくん? さっきの威勢はどこ行ったんだにゃ!」


「安心しろナイル。 盗賊相手に容赦はいらねえぞ!」

 

 『盗賊ならサクッとっちゃえよ』

 『ちょっと夜食食べてるのでグロはちょっと』

 『一思いに殺ってしまえナイルたん』

 

 ちょっと視聴者の方々、他人事だと思って適当になってませんかね。 『ちょっと蚊が飛んでるから始末しといて!』みたいなノリで殺人を強要しないでもらいたい。


 こちとら都会育ちでこう言った暗黒世界とは無縁だったんですよ。


 そんな奴が急に異世界に飛ばされて、突然人殺しを強いられるだと? そんな度胸俺にはない!


「かかか、かかってこい! う、う、う、薄汚い盗賊の方々! せめてもの情けに、すすす素手で相手して差し上げましょう!」

 

 『あの足の震え、十六ビート刻んでんな』

 『ナイルくん、ちょっぴりカッコ悪いです』

 『そういう小心者なナイルたんもいいと思うよ!』

 

 初めて人間を相手にするという緊張感からか、俺の両足はガクガクと武者震いしてやがる。


「おいおい、舐めてんのかこのガキ。 その無駄に調子に乗った鼻っ面、ボッコボコにしてやろうじゃねえか」

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